市兵衛が出版した主な書物

市兵衛が関わった、主要な出版活動を年代順に見ていきましょう。

『物類品隲(ぶつるいひんしつ)』宝暦13年(1763)刊

博物学者・平賀源内による博物学書で、物産会(薬品会)の出品物から厳選した360種の自然物を分類・解説したものです。全6巻(本文4巻、図絵1巻、付録1巻)で、本文は水・土・草などで分類。図絵には珍品36種、付録には朝鮮人参とサトウキビの栽培法・製糖法が記載されています。

従来の本草学から西洋博物学に移行する、過渡期の著作としての意義がありました。

『火浣布略説(かかんぷりゃくせつ)』明和2年(1765)刊

『火浣布略説』は、平賀源内による石綿(アスベスト)織物「火浣布」に関する記録です。源内は明和元年(1764)に奥秩父で採取した石綿から火浣布を創製し、自らの成果を広めるためにこの書を執筆しました。

半紙本15枚の小冊子で、中国古代の火浣布に関する説を紹介し、それらを「妄説」と否定。自身が織り上げた火浣布の由来を記述した上で、清国の商人への送り状や、火浣布製馬掛羽織の注文書がついたものでした。

『解体新書(かいたいしんしょ)』安永3年(1774)刊

日本人なら誰もが知る、『解体新書』を刊行したのも、市兵衛でした。『解体新書』は、日本最初の本格的な西洋解剖学書の翻訳書で、医学や文化の歴史において非常に重要な位置を占めています。

日本初の西洋解剖学書『解体新書』は、前野良沢(りょうたく)、杉田玄白、中川淳庵(じゅんあん)、桂川甫周 (ほしゅう)らによる翻訳事業の成果です。この画期的な書物は、江戸の知識層に西洋医学を広める一助となり、市兵衛の名を後世に刻む重要な業績となりました。

『解體新書 4巻序圖1巻 [1]』著者:キュルムス、出版者:須原屋市兵衛、安永3年(1774)刊
(国立国会図書館デジタルコレクション)
https://dl.ndl.go.jp/pid/2558887/1/17をトリミングして作成

『三国通覧図説(さんごくつうらんずせつ)』天明6年(1786)刊

『三国通覧図説』は、林子平が書いた軍事地理書で、国防や隣国政策に関する先見的な書物です。日本の隣接する朝鮮、琉球、蝦夷地、そして小笠原諸島の地理や風俗についてまとめた先駆的な一冊です。

外圧を予測した先見的な書として、意義が大きいものといえるでしょう。しかし、寛政4年(1792)に林子平が幕政批判の件で処罰された際、本書は絶版を命じられました。このとき市兵衛も重過料の処罰を受けています。

この書は、のちに小笠原諸島帰属問題が争われたときの有力資料となりました。

『三國通覽圖説 [5]』著者:林子平、出版者:須原屋市兵衛、天明6年(1786)刊
(国立国会図書館デジタルコレクション)
https://dl.ndl.go.jp/pid/2586534/1/2をトリミングして作成

江戸出版業界における、須原屋一門の地位

須原屋一門は、著しい発展を遂げ、江戸最大の書店問屋となりました。文化14年(1817)、店数は江戸書物屋仲間63軒中12軒を占め、江戸出版界の刊行物の約3割に達するまでに成長したそうです。

このような出版規模の拡大は、市兵衛をはじめとする須原屋の経営手腕に負うところが大きかったのでしょう。

晩年

文化8年(1811)6月9日、須原屋市兵衛はその生涯を閉じます。市兵衛が携わった出版物の影響力は、後世の江戸出版文化の礎となり、知識と情報の流通を加速させました。

まとめ

須原屋市兵衛は、江戸の出版文化に革新をもたらした先駆者であり、平賀源内や杉田玄白らの知的活動を支える重要な役割を果たしました。市兵衛が手がけた書籍は、江戸市民の知的好奇心を刺激し、蘭学や科学の普及を推進したといえるでしょう。須原屋一門の成功は、市兵衛の先見性と革新性の賜物といえそうです。

※表記の年代と出来事には、諸説あります。

文/菅原喜子(京都メディアライン)
肖像画/もぱ(京都メディアライン)
HP:http://kyotomedialine.com FB

引用・参考図書/
『日本大百科全書』(小学館)
『世界大百科事典』(平凡社)
『日本人名大辞典』(講談社)
『国史大辞典』(吉川弘文館)

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