
ライターI(以下I):『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(以下『べらぼう』)で松平武元(たけちか)役を演じている石坂浩二さんの取材会が行なわれました。今回はAさんが参加しています。
編集者A(以下A):石坂さんが演じた松平武元は、水戸藩徳川頼房(家康11男)の玄孫になりますが、6代将軍徳川家宣の実弟松平清武の「越智松平家」に養子に入り、上野国舘林藩の藩主でもありました。
I:御三家水戸家にルーツを持ち、6代将軍家宣実弟の家を継承していた名門ということになります。松平武元というと、『べらぼう』では「白眉毛」とあだ名されているという設定で、劇中でもふさふさの眉毛が目立っていました。はじめて松平武元のスチール写真をみたときに、それが石坂浩二さんであることに気が付かないほどでした。取材会では、その「白眉毛」の舞台裏について興味深いエピソードを語ってくれました。これがほんとうにおもしろいんです。
最初に台本を読んだら、「あの白眉毛」とか書かれてありました。そこで、その台本に沿った眉毛をつけないといけないんじゃないかと考えたんです。チーフ演出の大原拓さんと相談して、「大胆にやった方がいいです」ということで、鬘屋さんに相談して作っていただいたわけです。
最初の撮影のときに、鬘(かつら)もつけて、扮装して、いざテストという際の話です。眉毛もつけたら、前が見えない(笑)。長い眉毛が気になってしょうがないんです。それで長かった眉毛を少しずつ切ってみました。さらに左右同じじゃない方がいいですよね、っていうことになり、少しずつ調整していったんです。
いってみれば長い眉毛を作って、だんだんと切っていって完成しました。最初は、とにかく廊下をずっと歩いただけのシーンだったので、眉毛が全然わからなかったのです。次の撮影の時に確認したら、これはちょっと大げさなんじゃないかなと思って、反省したんですが、周りがこれでいいというから、まあいいかと。
I:わぁ、オンエアされた「眉毛」もじゅうぶん長いと思っていましたが、最初はもっと長かったんですね!
吉良上野介と松平武元 26年前の記憶から
A:取材会では、第6回で展開された意次(演・渡辺謙)と武元が、将軍家治(演・眞島秀和)の日光社参について激論を交わす中で、武元が意次の出自を嘲(あざけ)って、「田沼家には馬に乗れる家臣はいるのか」と罵詈雑言をあびせた場面についての質問もありました。
I:あ、わかります。武元に馬鹿にされた意次が「高家吉良様よろしく、ご指南願えればと存じます」と下手に出た場面ですね!
A:石坂さんは、1999年の『元禄繚乱』で吉良上野介を演じています。つまり『べらぼう』第6回での意次の「高家吉良様よろしく」という台詞には、かつて吉良上野介を演じた石坂さんへのオマージュも込められていたということではないでしょうか。ちなみに大石内蔵助を演じたのが五代目中村勘九郎さん(後に十八代目中村勘三郎)でした。石坂さんは、この質問に対して、『元禄繚乱』の際のエピソードも話してくれました。
『元禄繚乱』で(脚本担当の)中島丈博先生が提案されたのが、最後に吉良が大石内蔵助に「本当に仇と思うか」と聞くのがいいと思いますとおっしゃったので、それはいいと僕も思いますと答えました。そういうやり取りを経て、あのラストシーンになったんですけど、『べらぼう』第6回で田沼意次に「高家吉良様よろしく~」といわれたときに、やっぱり、『元禄繚乱』の討ち入りシーンを思い浮かべましたね。吉良だって大変だったんだよ、と。
A:26年前の作品の舞台裏などあまり聞く機会がないですよね。私は、石坂さんの話を受けて、NHKオンデマンドで『元禄繚乱』の討ち入り回を再確認しました。吉良上野介が大石ら赤穂浪士の面々に「まことに仇と思うてか。まことに仇と」と訴えかけるのです……。そうしたなかなかに興味深いお話をはさんだ上で、『べらぼう』第6回の裏話に展開します。「高家吉良様よろしく、ご指南のほどお願い申し上げます」という台詞の後に、松平武元は「1本とられたな」という設定でした。石坂さんのお話をどうぞ。
残念だったのは……「1本とられたな」っていって、それまで全然触らなかった眉毛を、私、1本抜いたんですよ。さらにアップで撮ったのに、アップはオンエアされなかったんです。眉毛1本損したなって。「1本とられた」に絡ませて、1本眉毛をとるという駄洒落です(笑)。
A:なんだかめちゃくちゃ面白い話ですよね。
I:松平武元はドラマに登場することがほとんどない人物だと思いますが、もう脳内では完全に長い白眉毛の石坂さんでしか再生されないですね。
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