道長暗殺未遂事件について
I:ところで、道長の御嶽詣でのタイミングを狙って、何やら大変な事態が引き起こされます。藤原伊周(演・三浦翔平)と平致頼(演・中村織央)が道長暗殺を画策して待ち伏せする様子が描かれました。
A:この道長暗殺未遂事件は『大鏡』に後日譚のような話が記載されています。「入道殿、御嶽にまいらせたまへりし道にて、帥殿(そちどの/伊周のこと)の方より便なきことあるべしと聞こえて」と、伊周が不穏な動きをしていたとの噂が流れていたため、道長帰京後に伊周が道長のもとに挨拶に出向いたというのです。
I:『大鏡』によると、挨拶に出向いた伊周と道長が双六に興じたという記事になっています。伊周が不穏な動きをしたという話は『小右記』にも記されているようなので、都にそうした噂が流布したのは事実なんでしょうね。
A:はい。しかし、実際に道長暗殺計画があったのか? それは未遂に終わったのか? あるいはそういう噂が流布しただけなのか。現在残されている史料では、「そういう噂が流れた」というところまでで、実際に平致頼らが実行するために動いたか否かは、判然とはしないのですが、劇中の展開はそのあたりの微妙なところをうまく表現していてハラハラするものとなりました。
I:それをリアルに見せてくれたのが、ロケ撮影ではないでしょうか。
A:確かにロケでの撮影は、平致頼らの動向もしっかり描かれて緊迫のシーンになりました。
I:なぜか、藤原隆家(演・竜星涼)も駆けつけて、道長の危機突破の手助けをしました。
A:そうした場面に加えて、源俊賢(演・本田大輔)の危ないシーンを頼通(演・渡邊圭祐)が助ける場面など、いったいどこで撮影したんだろうと思いました。昨年の『どうする家康』では最新のVFX(ヴィジュアル・エフェクツ)技術が多用されていたので、今回もそうかなと思ったりしたのですが、どうも違うようでした。
I:オープニングロールで「撮影協力」のクレジットが出ていましたが、千葉県の鋸南町で撮影したようです。実際にある、といってもそれほど高くはないようですが、俳優さんたちが崖で撮影したようです。もちろん安全面を考慮してハーネス(転落防止用の器具)を着用したり、落ちても大丈夫な高さだったり、そんな撮影だったようです。着用していたハーネスは映像処理で消されたようです(笑)。
A:なるほど。それでいてあの臨場感。これぞ「演出力の妙」というものなんでしょう。この場面、すでに前週に予告編を見た大河ドラマファンから「ファイト~いっぱ~つ」の掛け声を想起した人がいたようです。
I:テレビ広告史上に燦然と輝く栄養ドリンク剤「リポビタンD」のCМのことですよね。最初のオンエアが1977年ということですから、これもまた「歴史的事象」。私は平安時代だったら「ファイト/一発」をどう表現したのだろうと思料してしまいました(笑)。
A:ちなみに現在、金峯山寺へのお参りは、吉野山ロープウェーなどがあって道長の時代のような難行ではなくなっていますので、この機会にぜひ参拝いただきたいですね。そして、もうひとつ、前週の当欄で、「武士がキャスティングされない」という記事を配信しましたが、なんと道長暗殺未遂事件に関連して平致頼がキャスティングされました。
I:致頼を演じた中村織央(なかむら・おずの)さんは『おんな城主 直虎』で石川数正役で出演されていましたが、「おずの」という本名が、金峯山寺建立にかかわったとされる修験道者「役小角(えんの・おづの)」由来だそうです。
A:これも何かのご縁なのですね。さて、平致頼のキャスティングに続いて、『光る君へ』第九次配役発表でも武士がキャスティングされました。平為賢(たいらの・ためかた/演・神尾佑)です。
I:平為賢! 九州を舞台にした「国難」が描かれるということですね!
A:藤原隆家がこれだけ登場していますからね。これは楽しみですが、やっぱり平氏だけではなく源氏もキャスティングしてほしいなあ。
●編集者A:月刊『サライ』元編集者(現・書籍編集)。「藤原一族の陰謀史」などが収録された『ビジュアル版 逆説の日本史2 古代編 下』などを編集。古代史大河ドラマを渇望する立場から『光る君へ』に伴走する。
●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。『サライ』2024年2月号の紫式部特集の取材・執筆も担当。お菓子の歴史にも詳しい。『光る君へ』の題字を手掛けている根本知さんの仮名文字教室に通っている。猫が好き。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり