ここ数年、「アート思考」「美意識を鍛える」……等々、仕事や教養を身につけるための美術鑑賞がもてはやされています。とはいえ、美術館を訪れたとしても「いざ芸術作品と向き合ってみた時に、何をどうやって見ればいいのかわからない」という方は案外多いのではないでしょうか?

筆者も今でこそアート分野のライターをしていますが、フリーランスになる前のサラリーマン時代は美術館に足を運んだことがほとんどありませんでした。いざ、ひとりで初めて美術館を訪れたとき、鑑賞方法がわからなくて戸惑った思い出があります。

そこで、美術鑑賞初心者の方を対象に、絵や彫刻をより楽しく見るためのちょっとした秘訣や工夫をお伝えできればと思います。どれも予備知識などいらず、すぐに試せることばかりです。美術鑑賞は、ほんの少し見方を変えるだけで、充実した鑑賞体験を得られるようになります。ぜひ、取り入れてみてください。

1枚の絵の前で17秒以上滞在してみる

まず試してほしいのは、美術館に入ったらどの作品でもいいのでひとつの作品を「17秒以上」見ることです。

なぜ17秒なのか……というと、過去の研究データによって、一般的な鑑賞者がひとつのアート作品を見るために使う時間は約17秒であることが明らかになっているからです。

えっ、そんなに少ない時間しか見ていないの? と驚かれるかもしれません。もし機会があれば、美術館で他の鑑賞者の行動を観察してみてください。ほとんどの人が、1枚の絵や彫刻を見るのに17秒にも満たない程度の時間しかかけていないことに気付かされます。

「そんな短い時間で、本当にアートを見たって言えるのだろうか?」と思われたかもしれませんね。そうであれば、まずは1枚の絵の前で「17秒以上」滞在してみることを心がけてみてはいかがでしょうか?

少なくとも、ひとつの作品と17秒向き合うことができれば、周りにいるほとんどの鑑賞者よりも確実に「深い」鑑賞経験が得られているはずです。17秒粘るだけなら、意外とできそうな感じがしませんか?

集中する作品を直感で選んでみる

大規模な展覧会になると、展示室の中には数百点もの作品が集められることもあるでしょう。その場合、全部を均等に時間をかけて見ていたら、見終わるまでにヘトヘトになってしまいます。

仮に、作品が400点あり、1枚17秒ずつ鑑賞に時間をかけたと仮定しましょう。単純計算しても、400×17秒=6800秒≒113分(約2時間弱)もかかってしまうわけです。これではさすがにしんどいですよね。足が棒のようになってしまいそうですし、一緒に来た友人からも「遅いよ!」と文句を言われてしまうかもしれません。

そういう時は、どうすればいいのでしょうか。

簡単です。見る作品を絞り込んでしまえばいいのです。サッと目を通す作品と、しっかり見る作品を分別するのです。もったいないような気もしますが、大事なのは展覧会を見た後の満足感を上げることです。ヘトヘトになるまで見るよりも、どれか数作品でも強烈に心に残る作品を見つけ出せたほうが、より深い鑑賞体験につながることになるでしょう。「あの作品は良かったな……」と後々まで記憶が残ることが大事なのです。

では、どうやって見るべき作品を絞り込めばいいのか、といえば、これはもう直感で大丈夫です。展示室内を見回して「あっ、これは面白そうだな」と感じた作品に集中してみましょう。そして、選んだ作品を17秒以上見ることを心がければOKです。

もし展示室を自由に動いても問題ないのであれば、展示の最初から最後までを通して軽く眺めてみて、それから目についた作品を重点的にチェックする方法でも良いでしょう。

気に入った作品の面白かったポイントを3つ挙げてみる

最後にもうひとつだけ、作品を深く見るための方法を共有してみます。もし気に入った作品が目に飛び込んできたら、その作品の前でまずは佇んでみてください。目標は17秒以上です。

そこで、作品を見て気づいた点を3つでいいので、心のなかでピックアップしてみてください。ちょっと例にとってみましょう。

たとえば、あなたが今、印象派の展覧会を訪問しているとしましょう。こんな作品に出会ったとします。

クロード・モネ《積み藁(夏の終わり)》シカゴ美術館
出典:https://www.artic.edu/artworks/64818/stacks-of-wheat-end-of-summer

この絵をじっと見て、感じたことを何でも挙げてみましょう。

「タイトルに《積み藁》ってあるけれど、麦か何かを収穫した後の風景なんだろうな。影が伸びているから、時間帯は夕暮れ? それとも朝方なんだろうか? いずれにしても畑には人影も見当たらないし、仕事をする時間帯じゃないんだろうな。それにしても、いろんな色が使われているんだな。さすが光の画家と言われるだけはあるんだな。空の色だけでも、黄色、黄緑、水色、それから、ピンクや紫なども混ざっていそう。そうだ、ちょっと近づいてみよう。結構ざらざらとした筆跡が残っているな。印象派ってみんなこんな筆使いだったっけ??……」

といったような感じで、どんどん頭のなかで「ひとり会議」をするような感じで思考を巡らせてみましょう。太字にした部分だけでも、3つ気付いたことが挙がっていますね。もし許されているようなら、その場でスマホを取り出して、考えたことをメモしておくのもいいでしょう。

こうやって、ひとつの作品と向き合った時に浮かんだ感想や考えたことを心に刻みつけていくと、鑑賞した経験を忘れにくくなります。それが、満足度が高く、より深い鑑賞経験につながっていきます。気づけば、17秒どころか、あっというまに1分、2分と、作品に集中していることでしょう。

まとめ

美術鑑賞で大事なのは、とにかくまず意識的に作品に向き合うことです。そのためには、まず自分で選んだ絵に対して、ほんの少し意識して集中してみましょう。キーワードは「17秒」です。17秒以上、絵の前で粘ることができれば、必ずあなたの鑑賞力はアップしていきます。

文/齋藤久嗣

 

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