貴公子として注目の的になる

道長に見出され、順調に官途を辿ることができた斉信。寛仁4年(1020)には、大納言にまで昇格し、道長の娘・彰子(しょうし)や威子(いし)、後に後一条天皇として即位する敦成親王にも仕えるようになりました。

道長の腹心として、彼らの家系を懸命に支え続けた斉信は、源俊賢(としたか)・藤原公任(きんとう)・藤原行成(ゆきなり)とともに、四納言(一条天皇の治世で活躍した公卿の称)と称され、評価されたのです。

また、斉信は文化面でも優れた才能を発揮し、和歌や漢詩、管弦に精通していたとされます。斉信の作品が、多数の漢詩集や歌集に収められていることから、当時の人々が彼の実力を高く評価していたと考えることができます。

さらに、身分が高く、教養深い斉信は、時代を代表する貴公子として注目されていたそうです。斉信は、紫式部や清少納言とも交流があり、清少納言は『枕草子』の中で、「物語に登場するような、麗しい貴公子のようだった」と、彼のことを絶賛しています。

『枕草子』
出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム
https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/B-2336?locale=ja

その後、長元8年(1035)に、斉信は69年の生涯に幕を閉じますが、後世でも当代随一の文化人として、高く評価されることとなったのです。

まとめ

上級貴族の素養を兼ね備え、政治面でも文化面でも幅広く活躍した藤原斉信。残されている逸話からは、気品に溢れ、才知に長けた斉信の人となりを垣間見ることができます。当時の人々が斉信に心惹かれたのは、彼がまさに理想的な平安貴族そのものだったからではないでしょうか?

※表記の年代と出来事には、諸説あります。

文/とよだまほ(京都メディアライン)
肖像画/もぱ(京都メディアライン)
HP: http://kyotomedialine.com FB

引用・参考図書/
『朝日日本歴史人物事典』(朝日新聞出版)
『日本人名大辞典』(講談社)

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