農民から関白まで昇りつめた日本史上屈指の出世劇

史上初、農民から関白になった秀吉(演・ムロツヨシ)。(C)NHK

I:家康やその家臣団が仰天していましたが、秀吉が関白に昇り詰めました。本多平八郎忠勝(演・山田裕貴)が〈百姓出のサルが関白だと〉と嘲笑していましたが、前述の通り、旧来の勢力からみれば〈三河の国人領主が五か国の太守だと?〉ということになりますから、広義では「目くそ鼻くそを笑う」の類では? ということになるのでしょうか。

A:繰り返しますが、「農民出の秀吉が関白に昇り詰めることができる」というのが戦国史のダイナミズム。五摂家・二条家と近衛家の対立の間隙を縫ったとはいえ、関白に昇り詰めるなんて凄いことです。武士としては、平清盛が太政大臣にはなっていますが、関白にはなっていない。前代未聞のことでした。ですから家康家臣団にもここは秀吉を誹謗するよりも素直に驚愕する設定にしてほしかったですね。

I:家康が主人公ですから、秀吉を「下げ」扱いするのはしょうがないですが、天下統一戦国の終焉はやはり徳川だけの功績ではなく、織田信長、豊臣秀吉が積み上げたものがあってのこと。あんまり秀吉を「下げ設定」にしなくともということを、念押しのように指摘したいと思います。なんといっても秀吉の出世劇は日本史上屈指の出来事ですから。

A:そういう意味で印象的なのは、劇中石川数正が発した〈みっともない訛りをわざと使い、ぶざまな猿を演じ、相手の懐に入って人心を操る。ほしいものがあれば手立てを選ばぬ。関白までも手に入れた。あれは化け物じゃ。殿は、秀吉にはかないませぬ〉という台詞です。

I:今の世の中にこそ、信長、秀吉、家康の絶妙なバランスで結ばれたコンビの登場が望まれますよね。私はそういうふうに思いました。

A:ダイナミズムといえば、戦後の混乱から高度成長時代にかけて、後に「今太閤」と称される田中角栄というダイナミックな人物が登場しました。今の世にこんなダイナミックな人物が登場する余地があるでしょうか。

出奔した石川数正の気になる台詞

数正と話し合う家康(演・松本潤)。(C)NHK

I:さて、今週のクライマックスは、家康と石川数正(演・松重豊)の人間味あふれるやり取りの場面だったのではないでしょうか。

A:その前段で家康を交えた家臣団とのやり取りもありました。石川数正は平八郎や小平太(演・杉野遥亮)らに秀吉に調略されたなどと詰問されました。井伊直政(演・板垣李光人)に至っては、〈石川数正、謀反の疑い!〉と刀に手までかける始末。石川数正の出奔については、その原因については諸説ありますが、『どうする家康』の時代考証を務める柴裕之さんの著書『徳川家康 境界の領主から天下人へ』(平凡社)などでは、徳川家内部の抗争に敗れた末の出奔であることが記されています。

I:なるほど。そういわれれば、劇中のほかの家臣団のやり取りは抗争ぽかったですね。

A:そして、家康と数正がさしで語り合う場面になるわけです。19歳での桶狭間、31歳の三方ヶ原、34歳の長篠・設楽原、そして43歳の小牧長久手。そのほか多くの戦をともに駆け抜けてきた石川数正との決別シーンは、家康生涯の中でも重要なトピックスです。〈王道を以て覇道を制す。わしにはできぬと申すか。数正!〉という台詞が……。

I:(引き取って)胸に迫りましたよね。信長を演じた岡田准一さんが「第29回からの家康に注目」というようなお話をしていましたが、以前にも増して厚みのある佇まいに、親でもないのに、うるうるしてくる私がいます。

A:(苦笑い)。何はともあれ、功臣石川数正が出奔します。劇中絶妙だなと思った数正の台詞があります。〈羽柴秀吉何するものぞ。我らの国を守り抜き、我らが殿を天下人にいたしまする〉というのです。

I:出奔して秀吉のもとに身を投じる前の台詞としては違和感を覚えたのですが……。

A:数正出奔の理由について諸説ある中で、実は家康の意を汲んだ上で、秀吉にある意味スパイとして身を投じたという説もあります。そうした説にも配慮した台詞なのかなとも感じました。例によってこの時の石川数正の心情を記録した史料は一切ありません。これは現代にも通じることですが、当事者の心情、当事者の生の声を記録していくということがいかに重要なことなのかというのがしみじみわかったりします。

I:今週は、家康と石川数正のやり取りがトピックスでしたが、今後も、石田三成(演・中村七之助)と大谷刑部(演・忍成修吾)、家康と鳥居彦右衛門(演・音尾琢真)、真田昌幸との攻防など、「人間ドラマ」が満載です。その人間ドラマをどのように描いてくるのか。制作陣の手腕をじっくりと見極めたいですね。

秀吉は天下人なり、と書き残して数正は徳川家を出奔。(C)NHK

●編集者A:月刊『サライ』元編集者(現・書籍編集)。歴史作家・安部龍太郎氏の『日本はこうしてつくられた3 徳川家康 戦国争乱と王道政治』などを担当。『信長全史』を編集した際に、採算を無視して信長、秀吉、家康を中心に戦国関連の史跡をまとめて取材した。

●ライターI:三河生まれの文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。『サライ』2023年2月号 徳川家康特集の取材・執筆も担当。好きな戦国史跡は「一乗谷朝倉氏遺跡」。猫が好き。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

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