文/池上信次

モダン・ジャズの時代のレコード・ジャケットは、その音楽の一部ともいえるくらいに重要な存在です。聴く前から音をイメージさせる、聴く行為のイントロダクションのようなもの。ジャケットのデザイナーは、もうひとりの演奏メンバーといっても言い過ぎではないでしょう。

12インチLPレコードが普及しはじめた1950年代半ば、レコード・メーカー、とくにジャズ専門レーベルは、ジャケット・デザインでもその個性を主張しました。とりわけ有名なのはブルーノート・レコード。当時のメイン・デザイナーはリード・マイルズ。多くの実験的なデザインで注目を集め、彼のスタイルは「モダン・ジャズのレコード・ジャケット」のひとつの典型となりました。

今回紹介するのは、ブルーノートのマイルズ作品系列の中ではちょっと異色の『ケニー・バレルvol.2』『ザ・コングリゲーション』『ブルー・ライツvol.1』『同vol.2』の4枚。イラストを使ったジャケットの場合、イラストレーターはイラストを描き、デザイナーはそれを使ってデザインするという役割分担なので、デザインのクレジットはデザイナーだけというのがふつうですが、この4枚のクレジットはいずれも「カヴァー・デザイン・バイ・アンディ・ウォーホル・アンド・リード・マイルズ」となっています。イラストレーターとデザイナーによる「デザイン共作」はめずらしいケースといえるでしょう。アーティストふたりの、まさにジャケット上の「共演」セッションです。


『ケニー・バレル vol.2』(Blue Note)
どう見てもバレルではないイラスト。その顔の上に文字という大胆すぎるレイアウト。1956年録音。

ジョニー・グリフィン『ザ・コングリゲーション』(Blue Note)
グリフィンのイメージとはかけ離れている花柄開襟シャツを着たテナー吹き。1957年録音。

ケニー・バレル『ブルー・ライツ vol.1』(Blue Note)
内容はファンキーなジャム・セッションですが、それを感じさせないイラスト。1958年録音。

ケニー・バレル『ブルー・ライツ vol.2』(Blue Note)
『vol.1』と同じセッションの曲違い。だから色違い。

はじめの2枚はいずれもアルバムのミュージシャンを直接描いたものではありません。ケニー・バレルではなく「ギタリスト」、そしておよそジョニー・グリフィンらしくない「テナー・サックス奏者」。『ブルー・ライツvol.1』(『同vol.2』は同デザインの色違い)はまったくジャズっぽさが見えません。いずれもタイポグラフィはマイルズにしては地味すぎるほど地味で、まったく当時のブルーノートらしからぬジャケットです。ミュージシャン名よりウォーホルのサインのほうに目が行ってしまうのは意図したことなのでしょうが、当時のウォーホルはまだ人気現代美術家ではなく商業イラストレーターですから、これもバランスを欠いているように見えます。「どうしてそこに?」という突飛な文字配置にマイルズらしい大胆さが垣間見られますが、かみ合わないアンサンブルというか、共同作業の成果は微妙なところ。この4枚のリリースは1957年3月から58年7月という短い間に集中していますので、新機軸のブルーノート・デザインの「お試し期間」(で、結果は不採用)だったのかもしれません。ふたりのブルーノートでの「共演」はこの4枚で終わりました。


『セロニアス・モンク・クインテット』(Prestige)
10インチLP音源を編集した12インチLPの、さらに再発盤。

しかし、ふたりの共演はその後、ブルーノートのライバルであるプレスティッジ・レコードに舞台を移して続いたのでした(マイルズはフリーランスなのでプレスティッジでも多くのジャケット・デザインを手がけています)。次のセッションは『セロニアス・モンク・クインテット』。オリジナルはモンクの写真を使ったジャケットで1956年にリリースされていますが、これは1958年にリリースされた再発盤のジャケットです。

大きく太いブロック体の「MONK」がマイルズ担当。Kの下に小さくサインがあります。そしてまったく逆の、小さい手書き文字がウォーホル担当。ウォーホルはイラストレーターなのにイラストを使わないというのは大胆ですよね(なお、ウォーホルのイラストに添えられておなじみのこの独特のカリグラフィは、ウォーホルの指示により母親のジュリア・ウォーホラが描いたもの)。対照的なモチーフを持ち寄ったふたりが、協調ではなく、どちらも一歩も引かずに存在を主張しあっているという、まさにこれはバトルですね。音楽同様、共演にもいろんな形があるということです。

肝心の、本来の主役であるはずの「モンク感」は出ているのかといえば……具体的にはあまりピンときません。とはいえ、アンバランスの上のバランス感覚がモンクなのかな? 白地に黒太文字はピアノのイメージ? などといろいろ想像が膨らむところがジャケット・デザインとして優れているということなのでしょう。ジャズ・レコードの世界は「オリジナル・ジャケット至上主義」で、再発デザインは軽んじられる傾向がありますが、このアルバムはこれ以降のLP、そしてCDもこのジャケット・デザインでリリースされ続けています。

(なお、このほかにもマイルズとウォーホルの共演はあるのですが、ジャズではないのでまた別の機会に)

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中。(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、『後藤雅洋監修/ゼロから分かる!ジャズ入門』(世界文化社)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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