新着記事

チャーリー・パーカー『The Complete Dean Benedetti Recordings Of Charlie Parker』

録音技術の進歩はジャズを変えはしなかった【ジャズを聴く技術 〜ジャズ「プロ・リスナー」への道42】

江戸・東京の粋を体験・感性を磨く「ものづくりのまち」台東区へ《プレゼントあり》[PR]

医師206名に聞いた「新型コロナウイルス」対策と予防法

白菜と春雨の中華炒め

【管理栄養士が教える減塩レシピ】甘みを感じる「旬の白菜」をたっぷり使ったご飯が進むおかず2品

ドクターエルCC|骨盤を立たせて疲労軽減。ほどよい硬さが心地よい

毎週月曜日更新!「ニャンコ先生の開運星占い」(2/17~2/23)射手座~魚座編

毎週月曜日更新!「ニャンコ先生の開運星占い」(2/17~2/23)獅子座~蠍座編

毎週月曜日更新!「ニャンコ先生の開運星占い」(2/17~2/23)牡羊座~蟹座編

指を動かすだけで健康効果がある「指ヨガ」|『全身ポーズと同じ効果!! 指だけヨガ』

指を動かすだけで健康効果がある「指だけヨガ」のやり方

10号帆布のかぶせショルダーバッグ|ものの出し入れがしやすい、使い勝手がよく練られた帆布鞄

通販別冊『大人の逸品』最新号はこちら

LINE公式アカウントでも記事を配信中

友だち追加

お気軽に友達追加してください

サライ本誌最新号(クリックで試し読み)

ピックアップ記事

  1. 北大路魯山人作「つばき鉢」1938年

>>過去の記事へ

サライの通販

>>過去の記事へ

サライ7月号付録「筋トレチューブ」トレーニング動画公開中!

趣味・教養

なぜ信長は鉄砲を導入できた?築城史の転換期「長篠の戦い」舞台裏

869725be9f7debed3ccd6566199e66da_m

観光名所として欠かせない“城”。国内旅行をする際は各地の城をめぐるのが楽しみという方もいらっしゃるでしょう。

しかし、そもそも城は戦のために作られた軍事施設です。そのため時代によって立地も変わり、権威や財力の象徴という側面も加わると、城のつくりも変化します。

そこで今回より、軍事施設としての城の楽しみ方にスポットを当て、その変遷やしくみ、戦い方などをご紹介します。

連載の第1回目は、長篠の戦いと鉄砲にまつわる歴史の真相をお話ししていこうと思います。この戦いは合戦史のみならず築城史にも大きな影響を与えたものです。

■信長だけが鉄砲を大量導入できた2つの理由

信長は長篠の戦いで3,000挺もの鉄砲を導入し、勝利を収めました。以前から他の戦国大名も鉄砲の威力は認めていましたが、何せ高額な費用がかかるので大量導入など夢のまた夢だったのです。

ではなぜ信長はそんな高額な鉄砲を用意することができたのでしょうか。

それには大きな理由が2つあります。

ひとつめは豊富な資金源。織田家はもともと流通の一大根拠地である津島(愛知県津島市)を掌握していたので、経済力に恵まれていました。

ふたつめは鉄砲の製作の鍵となる直轄地を掌握したこと。信長は近江に進出し、国友(現在の滋賀県長浜市国友町)を鉄砲の一大産地としたほか、大坂の堺を掌握して弾丸や火薬を入手するルートを確立しました。

このような方法で、信長は鉄砲を好条件で大量に買い付けることができたというわけです。

信長は鉄砲を大量導入するにあたり、鉄砲隊の育成にも力を入れていました。あぶれ者を雇い入れ、鉄砲の使い方を教えて「鉄砲足軽」を養成したのです。

これは馬の乗り方を教えるよりもはるかに有効。すでに兵農分離を推し進めていた信長にとってはたやすいことだったのです。

長篠の戦いでは長篠城を1万5千もの武田軍に包囲されましたが、信長・家康連合軍は鉄砲を使い、わずか500の兵で応戦しました。

■実は馬防柵は馬を防ぐためのものではない!?

最後に、長篠の戦いに関するうんちくをひとつ。

戦国最強と怖れられていた武田氏の騎馬軍団に対抗するために信長は馬防柵を用いましたが、実は最近では武田軍の馬での突撃はなかったという説が有力です。

再現された馬防柵は柵の手前に空掘があり、後方に土塁(土でできた堤防状の壁)が見られることから、柵を利用して鉄砲や弓矢で攻撃するための装置だったと考えられるようになっています。

こういったうんちくを少し知っているだけでも城めぐりがぐっと楽しくなるはずです。次回以降、城のつくりや攻め方など、教科書にはあまり出てこない、城にまつわる様々なトピックをお届けします。

詳しくはぜひ、『図説・戦う城の科学 古代山城から近世城郭まで軍事要塞たる城の構造と攻防のすべて』をご覧ください。

 

取材・文/平野鞠
監修/萩原さちこ

萩原さちこ(はぎわら・さちこ)
1976年、東京都生まれ。青山学院大学卒。小学2年生で城に魅せられる。 大学卒業後、出版社や制作会社などを経て現在はフリーの城郭ライター・編集者。 執筆業を中心に、メディア・イベント出演、講演、講座、ガイドのほか、「城フェス」実行委員長もこなす。 おもな著書に『わくわく城めぐり』(山と渓谷社)、『戦国大名の城を読む』(SB新書)、 『お城へ行こう! 』(岩波ジュニア新書)、『今日から歩ける 超入門 山城へGO! 』(共著/学研パブリッシング)など。 公益財団法人日本城郭協会学術委員会学術委員。

【参考図書】
『図説・戦う城の科学 古代山城から近世城郭まで軍事要塞たる城の構造と攻防のすべて』
(萩原さちこ・著、本体1,100円+税、SBクリエイティブ)

710sZiavYiL

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

Twitter で

関連記事

  1. 織田信長の妻・帰蝶(濃姫)と斎藤道三~謎に満ちた父娘【にっぽん歴…
  2. 江戸城・松の大廊下跡 「吉良上野介」は悪人だったのか~「忠臣蔵」敵役の真実【にっぽん歴…
  3. 足利尊氏像 「観応の擾乱」(かんのうのじょうらん)とは何か~足利尊氏・直義兄…
  4. 仙石秀久の時代に築かれた小諸城大手門(国重要文化財) 大失態を犯し追放されたが、再び秀吉の信頼を得て乱世を生き抜いた男…
  5. 楠木正成像 楠木正成~「忠臣」か「悪党」か【にっぽん歴史夜話21】
PAGE TOP