レーベル病という難病で視力と色覚のほとんどを失い、失意の底にあったガジュマルさんにとって、もっとも身近な野鳥はスズメだった。ただ、いつでも会えて家に居ながら観察したり撮影したりできる、と思われがちなスズメだが、ガジュマルさんは病気を発症してしばらくの間、部屋に篭り、カメラに触れることすらできなかった。でも、庭にやってくる身近なスズメの姿に目を凝らすうち、そこにある命の輝きに気づかされてゆく。やがてシャッターを切る「勇気」をスズメから受け取ったのだった。

たわわに実ったお米にたくさんのスズメの鳴き声。

人に見つからないような高さのところにとまって、

垂れた稲穂を一生懸命に食べようと背伸びする。

夢中になるあまり、地面に落としてはやり直し。

■撮影情報
カメラ:Canon EOS R3
レンズ:RF400mm F2.8 L IS USM
絞り:f/8
シャッター速度:1/2000秒
ISO感度:2500

もっとも身近な野生が教えてくれた(スズメ)

今まで見えていたものが見えない、という絶望の淵に立たされ、“自由に外に出て何かをしたい”という念(おも)い自体が夢だった頃、そして徒歩3分の公園にすら一人で行けなかった頃、ガジュマルさんは「庭に鳥が来てくれたら」とバードフィーダーを設置して部屋の窓から野鳥を待ち、限られた視力で一生懸命、撮影の練習を始めた。

そこへ早速スズメがやって来て、エサを食べて、空を見上げた。人のすぐそばで暮らしているとはいえ、基本的には警戒心の強い野鳥である。人家にはネコなどの天敵も現れるだろう。それでも、スズメは必ずしも安全ではない場所(庭)で命を危険にさらしながらエサを啄(ついば)んでいた。その姿が、ガジュマルさんには楽しそうに見えた。「夢」を追いかけているようにも見えた。

ガジュマルさんは難病が発症して以来、沢山のことにつまづいた。他人に対して、そして自分に対していろんな感情が渦巻いた。どん底に落ちて手が震えてカメラが持てなくなってどうしようもなかった。でも、そんな時支えてくれたのはどんな偉人の言葉でもなく、自分に正直に生きる目の前のスズメの姿だった。

本当に苦しんでいる時にスズメが助けてくれた。この一枚が撮れたから

カワセミの一枚も撮ろうという「夢」に繋がっている。

そうだ、鳥や自然こそ、人が学ぶべき対象だ。私はそれをカメラで心に刻む! と自分に誓った。

■撮影情報
カメラ:Canon EOS R5
レンズ:RF100-500mm F4.5-7.1 L IS USM
絞り:f/14
シャッター速度:1/160秒
ISO感度:3200
※三脚、テレコンバーター使用

その後の1年は、ガジュマルさんにとって39年間でいちばん真剣に生きた年だった。約6万枚分のシャッターを切った。

ガジュマルさんは、とある恩師との会話で、この「真剣」という言葉から深く気づかされたことがある。

剣術を極めるためには木刀や竹刀での日々の練習が必須だが、その時は真剣を持っているつもりで練習しなければ意味がないという。「あっ、当たっちゃった!」となれば病院送りだからだ。

練習の時は常に心を入れ、その場や自分のあらゆる動きを想像し、まさしく本番さながらで稽古に臨むのだ、と学んだ。

ガジュマルさんはこのことを野鳥撮影に置き換えてみて「今日というチャンスがまた現れるという考えを極力なくし、今日のチャンスは今日必死で掴む」そう思い至ったという。さらに、外出する時はいつでも周りの人のサポートが必須なので迷惑をかけてはいけないとしながらも、基本は自分の最大限の力を発揮するという目標を立てた。

いっぽうで、撮影に行けない日には家で練習、学習、そしてシミュレーション、と準備に明け暮れた。それは見えないものも観ようとするガジュマルさんなりの努力であり工夫だった。

38歳、真剣を積み重ねたガジュマルさんの一年だった。

スズメのイメージにはない、険しい表情。普段ならカワイイほっぺに目が行くが

正面から対峙すると歌舞伎の隈取模様がみえてきた! 目を吊り上げて、真剣そのものだ。

■撮影情報
カメラ:Canon EOS R5
レンズ:RF600mm F4 L IS USM
絞り:f/4.0
シャッター速度:1/800秒
ISO感度:2500
※三脚、テレコンバーター使用

「自分だけで! “日の出直後の黄色い朝陽に照らされたヨシの穂にとまるスズメ”の写心を撮るんだ!」

目標を立てたガジュマルさんは、早朝にまず自宅近くの公園へ出かけることを日課にした。公園で出迎えてくれるのはアオサギやコサギ、ゴイサギなどのサギ類、カルガモやキンクロハジロなどのカモ類、カワセミ、ハクセキレイ、バン、そしてスズメだ。

ただ、この日課は視覚障がい者のガジュマルさんにとって、たやすいことではない。目の前に5つの壁が立ちはだかった。

独りで公園に行くこと
独りでスズメが止まりそうなヨシの穂を見つけること
独りでスズメを見つけること
独りでカメラを向けること
独りでフォーカスを合わせること

さらに、朝陽が当たるシーンとなると、かなりハードルが上がる。なぜなら、朝陽が黄色い時間帯は10分くらいしかないからだ。全ての「壁」をその10分のうちに突破する必要がある。ガジュマルさんは、スズメの瞳に朝陽が当たっていることも目標達成条件にした。

夢と希望に満ちた穂の上のスズメの姿を撮影できた! でも、まだまだなんだ! いつか納得の一枚を撮りたい!

■撮影情報
カメラ:Canon EOS R5
レンズ:RF600mm F4 L IS USM
絞り:f/5.6
シャッター速度:1/3200秒
ISO感度:1000
※三脚、テレコンバーター使用

写真と写心の言葉/磯部陽樹
1983年(昭和58)、沖縄県生まれ。中学校時代、自分の生きる環境に疑問を感じ、単身渡米。米国でシステムエンジニアとして働きながら、「千年先に心を遺したい」と、独学で写真撮影を始める。2018年、国の指定難病であるレーベル遺伝性視神経症を発症。中心部視野60%を喪失、色盲症状のほか、全身的な神経症状によりカメラを持てない時期を経る。改善の見込みなく身体障害者1級認定。退職を余儀なくされるが、システムエンジニアとして復職を果たし、2021年に写真撮影を再開。インスタグラムで作品を発表するようになる。視覚障がいを想像させない写真のクオリティと撮影エピソードに込められた思いが静かな共感を呼んでいる。ガジュマルさんは写真のことを「写心」と呼ぶ。

構成/中村雅和

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