文/池上信次

近年、野球の世界で「二刀流」が話題ですが、ジャズでも(余技をはるかに超えた)二刀流という、すごい力量をもったミュージシャンがいます。ジャズに限らず、マルチ・インストゥルメンタリスト、マルチ・プレイヤーと呼ばれる多楽器奏者は多数いますが、「マルチ」であることが特徴ではなく、複数の楽器それぞれの演奏者として活動している「二刀流」はあまり例がありません。その代表がジャック・ディジョネット(1942年〜)。現代最高峰のジャズ・ドラマーとして知られますが、その一方でピアニストとしてもいくつもの作品を残しています。

ディジョネットは1966年にチャールズ・ロイド(テナー・サックス)のグループで注目を集め、ビル・エヴァンス(ピアノ)・トリオを経て、68年にマイルス・デイヴィス(トランペット)のグループに参加して評価を決定的なものにしますが、それらはドラマーとしての活動でした。一方、個人の活動では最初からドラマーの枠に収まらないものでした。68年録音の『ザ・ディジョネット・コンプレックス』(マイルストーン)では、なんとドラムスに大先輩のロイ・ヘインズをフィーチャー、自身は(ドラムスもプレイはしていますが)ほとんどメロディカ(鍵盤ハーモニカ)を演奏するという、「期待の新人ドラマー」の初リーダー・アルバムらしからぬものでした。


『ザ・ディジョネット・コンプレックス』(マイルストーン)
演奏:ジャック・ディジョネット(メロディカ、ドラムス)、ベニー・モーピン(テナー・サックス)、スタンリー・カウエル(ピアノ)、エディ・ゴメス(ベース)、ミロスラフ・ヴィトウス(ベース)、ロイ・ヘインズ(ドラムス)
録音:1968年12月26、27日
ディジョネットは、全8曲中5曲でメロディカをサックスのようなソロ楽器として演奏しています。それだけでもじつにユニーク。大御所ロイ・ヘインズは5曲に参加。「ドラマーの初リーダー作」には見えないですよね。むしろ「非ドラマー宣言」かも。

それに続く70年録音の『ハヴ・ユー・ハード』(ソニー)でもエレクトリック・ピアノを弾き、73年のデイヴ・ホランド(ベース)とのデュオ・アルバム『タイム&スペース』(トリオレコード)ではピアノ、エレクトリック・ピアノ、オルガン、メロディカと鍵盤楽器を総動員しているのです。もちろんドラマーとしての看板は大きいだけに、ドラムスは演奏していますが、知らずに聴けば鍵盤楽器奏者のアルバムと思ってしまうほどのものでした。

そして『タイム&スペース』の直後、ついに「鍵盤奏者」宣言ともいえるアルバムを録音・発表します。その名も『ジャッキーボード』(トリオレコード)。これは 古野光昭(ベース) ジョージ大塚(ドラムス)を従えての「ピアノ・トリオ・アルバム」なのです。ピアノのほかにメロディカを1曲で演奏していますが、ドラムスは1音も演奏していません。そのピアノは切れ味鋭く、音数は多く、一聴マッコイ・タイナーのよう。収録1曲目のオリジナル曲のタイトルは「マッコイズ・チューン」なので、本人もマッコイを意識しているわけですが、ここにいるのはまさに「(誰も知らない)新人ピアニスト」なのです。それまで共演してきたピアニストたち、(チャールズ・ロイド・カルテットでの)キース・ジャレットやビル・エヴァンスはどう思っていたのか興味深いところですが、それらが「濃い」演奏になっていたのは必然ともいえるでしょう。

その後も自身のグループ、ニュー・ダイレクションズやスペシャル・エディションのアルバムでは、ドラムスがメインですがピアノも弾いており、まさに「二刀流」の活躍をしていました。しかし、それだけでは満足できなかったのか、85年に世界に向けてのピアノ・トリオ・アルバムも発表しました(『ジャッキーボード』は日本のみ発売)。タイトルはそのものズバリの『ザ・ジャック・ディジョネット・ピアノ・アルバム』(ランドマーク)。時代の流れか、一部でシンセサイザーを重ねているものの、堂々のピアニスト宣言であり、ジョン・コルトレーンの「カウントダウン」(「ジャイアント・ステップス」の高速版ですね)や、ビル・エヴァンスの愛奏曲「クワイエット・ナウ」など、選曲もピアニストらしい主張が感じられるものでした。


『ザ・ジャック・ディジョネット・ピアノ・アルバム』(ランドマーク)
演奏:ジャック・ディジョネット(ピアノ、シンセサイザー)、エディ・ゴメス(ベース)、フレディ・ウェイツ(ドラムス)
録音:1985年1月14、15日
1985年の初頭の録音ですから、キース・ジャレット「スタンダーズ」トリオが始動して間もないころ。キースはどう聴いていたのかな。

さらに調べていくと、ディジョネットの「二刀流」は、自分のアルバムだけで展開するだけのものではなく、最初からちゃんと第三者も認めるものだったのでした。お墨付きを与えたのは、マイルス・デイヴィス。1969年11月3日、パリのサル・プレイエル(コンサートホール)で行なわれたマイルス・デイヴィス・クインテットの公演の映像がYouTubeにありますが、これが驚愕の内容なのです。約1時間のステージの終盤、「イッツ・アバウト・ザット・タイム」のウェイン・ショーターのソロの途中、ショーターのアップから画面が切り替わると、なんといつの間にかチック・コリアがドラム・セットに座って叩いている! ディジョネットはどこに? と見ればエレクトリック・ピアノに座ってバッキングしているではありませんか。そしてエレピ・ソロに突入。これ、音だけ聞いていると交代しているなんてわからないですよ。よくよく見れば、ステージには2台のドラム・セットがあるので(つまり1台はコリア用)、これはもう最初から計画されていたわけです。演出として考えればとても面白いものですが、かなりシリアスでフリーな演奏をしていた時期だけに、これは音楽的な意図があってのこと。マイルスは、ディジョネットの鍵盤奏者としての技量を認めていたのです。なんという慧眼。それにしても、交代でドラムを叩くコリアもすごい(当然腕はディジョネット級)。マイルスのバンドには「二刀流」がふたりもいたのでした。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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