堀 真一郎(きのくに子どもの村学園学園長)

─子どもが自分たちで学びのプログラムを作る「体験学習」を提唱─

「学年がない、テストも通知表もない。学校は楽しくなければならないのです」

「きのくに子どもの村学園」のひとつ、南アルプス子どもの村小学校(山梨県)の子どもたちと。皆が立つ木製の遊具は、「プロジェクト」の中で子どもたちが設計し、作り上げた。

──変わった小・中学校だと伺いました。

「日本の教育の常識に囚われている方は、そう思われるかもしれませんね。私たちの『きのくに子どもの村学園』には、全国に5つの小・中学校とひとつの高等専修学校がありますが、そのいずれの学校も、いろんなものが“ない”ことが特徴です。『先生』と呼ばれる人がいない。学年がない。宿題もテストも通常の通知表もない。チャイムも鳴らない。校長はいるけど校長室はない。廊下もない。“ない”ものはまだまだあります。入学式や卒業式など、堅苦しい儀式もありません。子どもを叱る声も、ここでは聞こえてこない。こういうと、たいていの人は驚いて“いったい何があるのですか”と尋ねてきます」

──いったい何があるのですか。

「答えは決まっています。“楽しいことがいっぱいあります”。学校を覗いてもらえればわかります。みんな、笑顔でしょ? この学校は、子どもたちの笑い声で満ちています。子どもの発見と成長があります。“学校は楽しくなければならない”。そう思って仲間と作ったのが、この学校なんです」

──先生がいない、とはどういうことですか。

「教職員は大勢います。でも、『先生』でなく、『大人』と名付けています。それぞれ子どもたちからは、さん付けやニックネームで呼ばれています。私も『堀さん』です。『先生』の呼称を廃止したのは、大人と子どもの心理的な壁を取り払いたかったから。先生の指示を待つだけの子にしたくなかった。だって先生だからってエライわけじゃないですよね? 権威も必要ありません。教えるのではなく、子どもと一緒に、悩み、考えればいい」

──先生は、教えない。

「この学校は、いわゆる算数や国語といった教科の名が時間割にありません。その代わり、『プロジェクト』という名の体験学習が中心を占めます。プロジェクトは縦割りで、衣・食・住・表現の4つの視点から“生きること”を考え、追求していきます」

──どんなプロジェクトがあるのですか。

「工務店、ファーム、料理、ものづくり、劇団など、縦割りのプロジェクトがあって、子どもたちは希望するところに所属し、やる内容も自分たちで決めます。例えば、料理プロジェクトチームの話し合いで、蕎麦が年間テーマに決まったとします。子どもたちは、蕎麦について調べ、実際に種から育て始めます。近所の蕎麦屋に取材に行ったり、蕎麦粉と水の量を計算したり。そこには、国語や算数、理科や社会など、あらゆる基本教科のエッセンスが詰まっています。正解のあるドリルと違って、自分の頭で考えないと前に進みません。プロジェクトを担当する大人も、専門家ではありませんので、よく失敗しています(笑)。でも大人も失敗する、というのも子どもにとっては良い経験になります」

表現や演劇を中心とした縦割りプロジェクト「劇団みなみ座」の1週間の時間割。毎日の「ティータイム」は子どもたちが楽しみにしている時間で、皆でおやつを食べる。チョイスは自由選択の活動。

──なぜこのような学校を作ろうと。

「以前、大阪市立大学で教えていたのですが、その時、小学生に大規模な調査をしました。“学校で一番楽しいことは何か”という質問に対し、“授業”と答えた子がどのくらいいたと思います? 多い学校でたった5%でした。少ない学校ではわずか2%。少なくとも3割が“授業が楽しい”と思ってほしい。でも、そんな学校がないなら作るしかない。そう決意して、昭和59年に、仲間たちと『新しい学校をつくる会』を発足させました。今振り返ると、“理想の学校”の原型は、幼少期の分校体験にあったかもしれません」

──詳しく教えてください。

「うちは、両親ともに学校の教員でした。母は、山奥の小さな小学校で教えていたこともありました。この学校は、全校で2教室しかない分校で、たまたま遊びに行った時、5年生が“ここ、わからないから教えて”と3年生に聞いているのを目撃し、驚きました。学年の壁がなく、子どもたちがお互いを尊重し合っていた。この時の体験が、“いつか僻地教育をやりたい”という思いとして結実し、大学の教育学部に進みます。そこで、世界でいちばん自由な学校と呼ばれる『サマーヒル・スクール』を創立した英国の教育家ニイルや、自ら問題を発見し解決していく能力を身につけていくべきだという米国の思想家デューイの考え方を知り、『きのくに子どもの村』の方向性が固まってきました」

小学校入学の頃の堀さん。教師をしていた母と妹と一緒に。この頃から、こうと決めたことは、周囲からだめといわれてもやり通す「ごうじょう者」だったという。

──開校して今年でちょうど30年です。

「おかげさまで理解者も全国に少しずつ増えていきました。日本一自由な学校ですが、教育内容は文部科学省の学習指導要領に準拠しており、自治体に認可された正規の私立小・中学校です。私たちのような自由な学校は、許可されてこなかったのではなく、やろうとしなかっただけなのです。現に、一部の自治体の公立校では、子どもたちに考えさせる自由な教育が行なわれ始めています」

「子どもが自ら体験していくことで “問う力” が育つ」

堀さんは全学校の小学6年生の英語の授業を受け持つ。教科書は用いず、オリジナルプリントを基に、授業が進む。授業中に笑いや冗談が飛び交うのも、ここの学校の特徴だ。

──学校のことが映画になりました。

「オオタヴィン監督のドキュメンタリー映画、『夢みる小学校』のことですね? 全国でロングラン上映になっているようで、“観ました!” という声もたくさん届きました。この映画の中に、本校の卒業生がゼミに何人も所属していたという縁で、明治学院大学の辻信一教授(当時)が登場しています。“面白い学生ばかりで、彼らには、他の学生にない『問う力』があった” と話してくださっているのですが、嬉しかったですね。これこそ、私たちが育ってほしいと思っていた力でしたから」

──「問う力」を育てたい。

「ええ。私たちの学校に途中で転校してきた子が、こっちに来てまだ間もない頃のことです。プロジェクトの中で、確率を計算しなければいけない、という時になって、“やり方を教わっていません” と言ってきたんです。“そのやり方を考えてごらん” と伝えてもピンと来ない。世の小学生たちは、問う力が弱まっているのだと、実感しました」

──なぜ弱まっているのでしょう。

「複合的な要因があります。ひとつには、子どもの個人差や個性が、なかなか尊重されていません。実際は、ひとりひとり違った存在で、『子ども』という一般概念で一括りにできないはずですよね? 子どもは好奇心旺盛で、大人の思うようにならないのが当たり前なのに、よい子であることを強いて、外れると叱咤する。子どもは、親や先生のいうことを聞くと評価されるので、自己決定しなくなってしまう。今の子どもを海辺に連れて行って “好きなことして遊ぼう” と言うと、“遊び方がわからない” と返ってくるのです。個性が発揮されるのも、自己決定の機会があるのも、『体験』です。言い方を替えると、自己決定、個性化、体験学習という3つの柱を原則にすれば、子どもたちがイキイキとした楽しい学校になります。これが、私たちがやろうとしている学校です。学力はつくのかと心配する向きもあり、卒業生を追跡調査したことがありますが、本校の子たちは総じて高校進学後の成績が良かった。考える力が身についているからでしょう」

──そのぶん教職員はたいへんです。

「マニュアルに沿って授業の単位数をこなせばいい、という学校ではありませんから、たしかに大変です。学校には寮があり、子どもたちの半分は寮生活をしていますので、そのフォローも必要です。給料も、役職や年齢に関係なく教職員全員一律です。でも、先生たちもどこか楽しそうでしょ? 大人自身が好奇心をもって、“これってどういうことだろう?” と問うて、試行錯誤していくと、実は自分自身も楽しくなる」

週一度の全校「ミーティング」。7歳も14歳も大人も同じ1票を持ち、議論を交わしながら、多数決によって決めていく。この日は、ウクライナに寄付をするかどうかなどが話し合われた。

──先ほど全校での話し合いがありましたね。

「『ミーティング』といいまして、週1回、必ず行なっています(上写真)。小学1年生から中学3年生までの子どもたちと大人、学校に関わるすべての人たちが集合し、学校のいろいろな議題を話し合います。開始時に議長が “今日取材が来ているが、このミーティングを見られてもいいか” と決を採っていたでしょ? ああやって何でも多数決で決めていきます。大人も子どもも同じ1票。私も意見を発表することがありますが、採用されたりされなかったりです。妥当な結論に至らないこともありますが、そのときは改めて考え直せばいい。大切なのは、自分たちで “より楽しくするにはどうしたら?” と、問うたり、行動したりすることです」

「学校の卒業生たちが教職員として戻ってきてくれています」

──ここまでいろいろおありだったでしょう。

「ここには収まらないくらいありましたが、体験学習中心の自由な学校という旗を降ろさなかったことで、ここまで来ることができました。理念のほかに、もうひとつこだわっていたのは、正規の私立小学校、中学校として認可を受けることです。不登校など困っている子のために、フリースクールを作ればいいじゃないか、という考えもありましたが、特別な子のためだけの学校ではなく、今の子たちすべてのために『あるべき姿の普通の学校』を作りたかった。最初に、小学校を作ったのは和歌山県橋本市でしたが、開校にこぎ着けるまで7年半、県庁に通いました。前例がないことだったので、時間はかかりましたが、県庁の担当者は “どうしたら実現できるか” と親身になって一緒に考えてくれました。これ以降も、その場逃れはしない、嘘もハッタリもつかない、政治力もコネも使わない、という原則を守ったところ、各自治体の担当者とは、いい関係を築くことができました」

──資金面でも大変だったのでは。

「寄付を集めましたが、学校運営にはお金がかかり、やはり足りません。たまたまその時、子ども服メーカーのミキハウスが青少年のための施設を作る計画がある、というニュースを目にしました。教育に関心があるのではないかと、社長を訪ねていったんです」

──社長と面識がおありだったのですか。

「いいえまったく。飛び込み営業です。ですがその1週間後に、木村皓一社長にお目にかかることができ、資金援助や人材提供をしていただけることになりました。社内で教員免許を持っている人間に声をかけ、教職員を募ってくれたのです。しかも出向という形で、最初の10年余りは給与も負担していただきました。さらに、自分が前面に出たら違う学校になる、と役職を固辞。こちらの理念に共鳴し、後方支援に徹してくださいました。飛び込みで資金と人材が確保できたのですから、運がいいとしかいいようがありません」

──堀さんは、来年80歳です。

「子どもたちには、年齢を聞かれると、いつでも“38歳だよ”と答えていますが(笑)。実際、気分は38歳です。60歳を迎える時に、後を任せるつもりでしたが、周囲に許してもらえず、この年齢まで来てしまいました。今、パジェロを駆って、全国5か所の学校に日替わりで顔を出すようにしていますが、学校に行くたびに、子どもたちが駆け寄ってきてくれるので、それが嬉しくて辞められないのかもしれませんね」

──学校の未来をどう考えていますか。

「嬉しいことに、この学園の卒業生たち数十人が、“学校が好きだから” “この学校を守っていきたい” と教職員として戻ってきてくれています。だいたい全体の5分の1がそうですね。保護者や元保護者の方でスタッフになってくださる方もたくさんいますし、ふたりの息子も、それぞれ学園で働いています。わたしがもしいなくなっても、大丈夫。この学園は続いていきます。そのうち、“じゃあ頼んだよ” とひと言残して、スケッチブック片手に、世界一周の旅に出たいですね」

月曜は長崎、火曜は福岡、水曜は山梨、木曜は福井、金曜は和歌山……と全国の学校を三菱パジェロで回る。現在の愛車は3代目。購入2年半で24万km超を走った。

堀 真一郎(ほり・しんいちろう)
昭和18年、福井県生まれ。学校法人きのくに子どもの村学園学園長。京都大学教育学部卒業、同大学院博士課程中退。元大阪市立大学教授。平成4年、学年も宿題もテストもない、体験学習中心の「きのくに子どもの村小学校」を和歌山に開設。現在、福井、山梨、福岡、長崎に5つの小中学校と高等専修学校を有する。著書に『体験学習で学校を変える』など。同校は今年3月『夢みる小学校』という映画になった。

※この記事は『サライ』本誌2022年8月号より転載しました。年齢・肩書き等は掲載当時のものです。(取材・文/角山祥道 撮影/宮地 工)

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