文/池上信次

前回(https://serai.jp/hobby/1079957)に続いて「トリビュート・アルバム」を紹介します。前回の『ビル・エヴァンス・ア・トリビュート』は、エヴァンスと個人的につながりがあり、しかもエヴァンスと同じピアニストだけが参加した企画でした。今回紹介するのは、そのまったく逆をいくトリビュート。

トリビュートされるのは「ビバップ奏法開発者」で「モダン・ジャズの創造主」であるチャーリー・パーカー(アルト・サックス)。アルバムは2017年リリースの『ザ・パッション・オブ・チャーリー・パーカー』。これはなんと9人ものヴォーカリストが参加しているアルバムです。ただ、収録曲は全曲がパーカーのオリジナル曲(短いインタールード2曲を除く)で、それらにはもともと歌詞がないので、まず「なぜヴォーカルでパーカー?」となりますね。また、参加サックス奏者はただひとりで、それもテナー・サックスです。パーカーは1955年に亡くなっていますから、直接の関係者が参加していないのは当然としても、これは「パーカー的なもの」をあえて除外したということですよね。その意図は?


『ザ・パッション・オブ・チャーリー・パーカー』(インパルス)
演奏:クレイグ・テイボーン(ピアノ、キーボード)、ベン・モンダー(ギター)、スコット・コリー(ベース)、ラリー・グラナディア(ベース)。マーク・ジュリアナ(ドラムス)、エリック・ハーランド(ドラムス)、ヴォーカリストは本文参照
録音:2016年
ヴォーカリストだけでなく、バックのミュージシャンも「現在」を代表する顔ぶれが勢揃い。チャーリー・パーカーは、没後65年を超えた2021年にも未発表音源が発表され話題になるなど、現在もジャズの巨人としてトリビュートされ続けています。

プロデュースはラリー・クライン。ヴォーカリストが歌うのは、パーカーの楽曲に新たにタイトルと歌詞をつけた「チャーリー・パーカーの物語」。それぞれサブタイトルもつけられ、10曲でパーカーの生涯を歌って伝えるという企画なのです。オリジナル曲のタイトル、新タイトル、サブタイトルを並べると……

ミート・チャーリー・パーカー (チャンの序曲)/オーニソロジー
チャーリー・パーカーの墓碑銘(葬儀)/ヴィザ
ヤードバード組曲(天才の青春時代)/ヤードバード組曲
ソー・ロング(ニューヨークへの脱出)/K.C.ブルース
エヴリ・リトル・シング(信奉者の歌)/ブルームディド
ロサンゼルス(密売人の歌)/ムース・ザ・ムーチェ
リヴ・マイ・ラヴ・フォー・ユー(チャンのラヴ・ソング)/マイ・リトル・スウェード・シューズ
フィフティ・ダラーズ(天使と悪魔)/セグメント
52丁目の王様(チャンの宣言)/スクラップル・フロム・ジ・アップル
アプレ・ヴ(チャーリー・パーカーの神格化)/オー・プリヴァーヴ
※新タイトル(サブタイトル)/オリジナル・タイトルの順。いずれも国内盤の邦題。

このほかにインスト新曲(インタールード)の「セントラル・アベニュー(ロサンゼルスへの暗い旅)」と「サル・プレイエル(パリへの旅)」の全12曲。ファンはこのタイトルだけで、頭の中に全12章のパーカーの伝記が編まれますよね。

なお、「ヤードバード組曲」だけはもともと歌詞があって、あまり知られていませんが、なんとパーカー自身が歌詞を書いています(カーメン・マクレエの1955年録音『バイ・スペシャル・リクエスト』などで聴けます)。ここではサブタイトルが付加されています。フランス語歌詞の「アプレ・ヴ」はカミーユ・ベルトー、そのほかの作詞はシンガー・ソングライターのデヴィッド・ベアウォルドによるものです。

参加ヴォーカリストは、グレゴリー・ポーター、キャンディス・スプリングス、メロディー・ガルドー、マデリン・ペルー、ルシアーナ・ソウザ、カート・エリングというジャズ・ヴォーカルのスターたちのほか、YouTube発の驚異の新人(当時)カミーユ・ベルトー(フランス語歌唱)、クラシック界で「歌う指揮者」として知られるバーバラ・ハンニガン、俳優ジェフリー・ライトの、個性が違いすぎる9人。

ヴォーカリストは、いずれも21世紀の「今」の自分自身のスタイルを歌い、テナー・サックスのダニー・マッキャスリンのソロ・フレーズはビバップから遠く離れたものですので、アルバムのどこを切ってもパーカーとその時代を想起させることはまったくないのですが(パーカーの曲でこれをやるところがまず聴きどころ)、その「最新型」こそが、パーカーを源流とするジャズの歴史の流れは脈々と続いている、というメッセージになっています。ジャズをやっている以上、パーカーと無関係な人などいないということなんですね。「トリビュート」にスタイルは関係ないと。

このアルバムの特徴をひとことでまとめると、「歌で聴くチャーリー・パーカーの伝記。ただし表現は演奏者の感覚で」というところでしょうか。このようなトリビュート・アルバムはほかには知りませんが、すごく新しいという感じはしないなあ、と思っていたら、ああそうだ。これは講談や浪曲の「○○伝」「○○一代記」ではありませんか! トリビュートのキモは講談にあったのか! と、はたと膝を打ってしまいました。まさかラリー・クラインは講談を知っていた?

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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