三菱の岩崎弥太郎(演・中村芝翫)に招待された栄一(演・吉沢亮)。「日本を強くする」志は同じようだが、両者は結局決裂する。

今話を含み残り8話となった『青天を衝け』。維新三傑なき後の栄一(演・吉沢亮)の活躍が描かれる。芸妓を侍らせて三菱のドン岩崎弥太郎(演・中村芝翫)と相まみえるが……。

* * *

ライターI(以下I):第34話では久しぶりにナビゲーター役の徳川家康(演・北大路欣也)が登場しました。

編集者A(以下A):安政の条約について語っていましたが、私は「北大路家康」の口から「関ケ原合戦後に島津家と毛利家をお取り潰しにしておけばよかった」という言い訳を聞きたかった派です。情けをかけた両家に幕府が滅ぼされるとは、家康も想像できなかったでしょう。

I:さて、今週は銀行が儲かると聞いて、多くの人が渋沢栄一(演・吉沢亮)を訪ねるようになり、そうした人々に対して、栄一は怒気をはらんだ声で〈銀行は儲ける手段ではない。あくまで国益のために作る。己の利のためではない!〉と叫びました。

A:「国益」という言葉がドラマの台詞に出てくるのは久しぶりな感じがします。かつては山崎豊子さん原作の『不毛地帯』などドラマでも頻繁に「国益」という言葉が語られていましたが……。

I:『不毛地帯』は1979年にドラマ化されました。その頃はまだ、ドラマで「国益」という台詞が出ても違和感なかったのですかね?やっぱり1980年代以降、時代の空気が変わったのでしょうか。

A:国益よりも「省益」とか「党利党略」「個利個略」などの言葉が目立つようになりました。自分たちさえ良ければ、という風潮がある段階から大きくなったのは確かかもしれません。加えて「一等国を目指す」というフレーズも登場しました。現代では「先進国」と言い換えられていますが、今の日本は果たして一等国なのか?と問いかけられた気がしました。

実際にあった「ムダ飯食らいを怠惰に育てる」の声

I:〈かつて外国方が苦労しているときに、攘夷、攘夷と外国人を襲っておったのは誰だったかのう〉と旧幕臣で東京日日新聞主筆となった福地源一郎(演・犬飼貴丈)が伊藤博文(演・山崎育三郎)に対して強烈なジャブを見舞います。この台詞に「わが意を得たり!」と快哉を叫んだ人もいたんでしょうね。

A:まあ、英国大使館を焼き打ちした張本人である伊藤博文が、政府高官として英国公使のハリー・パークス(演・イアン・ムーア)と「パブリック」について語っているわけですから、幕末の伊藤俊輔(伊藤博文が長州藩時代に名乗っていた名)を知っている人間からすれば、「喜劇」のような構図だと思います(笑)。結局、「権力は獲ったもん勝ち」という冷徹な真実を思い知らされる場面になりました。

I:明治以降の展開が駆け足になっている感がありますが、そうした中で前週に続いて「養育院」が登場しました。印象的だったのは、身寄りがないと思われる子供たちに対して、〈やさしくすればわがままになるのみ。ムダ飯食らいを怠惰に育てるわけにはまいりません〉という台詞が飛び出したことです。

A:なんとも悲しい言葉ですが、〈窮民を府で救助すると云ふことは寧ろ惰民を造る原因になる〉という主張は、当時の東京府会でも実際にいわれたようです。江戸時代にも「人足寄場」や「お救い小屋」などの施設がありました。「金が、金が」という金儲け社会になって人々の意識が変容してきたのでしょうか。

I:栄一は「欧米ではこのような施設に公金を支出するのは当然」と反論したようですが、前者の主張が通り、東京府からの公費支出がなくなり、養育院はいったん委任経営となりますが、栄一はその後も積極的に支援し続けます(その後、東京市に移管される)。私は、栄一の養育院事業に対する献身ぶりに触れるたびに目頭が熱くなります。

A:前週もお話ししましたが、最終的に養育院本院が置かれた板橋区には、養育院附属病院を前身とする病院や養育院の看護養成所を前身とする看護専門学校などが今も残っており、渋沢栄一の志が受け継がれています。今はどうかわかりませんが、かつては新入職員に養育院の沿革とともに栄一の業績についてレクチャーしていたようです。

I:平岡円四郎夫人のやす(演・木村佳乃)が〈徳川の世の方がマシだったってみんな言ってるよ〉と言っていました。当時は世論調査などない時代ですから、案外そんな声も多かったのかもしれません。江戸時代の田沼意次失脚が1786年で、その後に〈もとのにごりの田沼恋しき〉といわれたわけですから100年くらいの周期でそういう空気になるのですかね?

栄一とともに養育院を訪ねた妻の千代(演・橋本愛)

三菱岩崎弥太郎との確執

A:三菱の岩崎弥太郎(演・中村芝翫)と栄一が芸妓を侍らせて意見交換する場が設定されましたが、経営をめぐる意見が根本的に異なるということで、「決裂」しました。

I:栄一は自ら〈根本に於て、弥太郎と私とは意見が全く違ひ、私は合本組織を主張し、弥太郎は独占主義を主張し、その間に非常な間隔があつたので、遂に其れが原因になり、明治十二三年以来、激しい確執を両人の間に生ずるに至つたのである〉と証言しています。(『実験論語処世談』)

A:渋沢栄一と岩崎弥太郎の対立は、栄一と懇意にしていた益田孝(演・安井順平)、大倉喜八郎(演・岡部たかし)らが「反岩崎弥太郎」で結託していたことで複雑になります。岩崎弥太郎からみれば、渋沢栄一は、「反岩崎弥太郎」の首領なわけですから、仲良くしようがない。両者は弥太郎の死まで好敵手的存在として張り合ったわけですが、今となっては、その競争が日本経済の発展に寄与 したと前向きにとらえたほうがいいかもしれません。

I:このふたりの確執も弥太郎目線で描いたらまったく違う空気になるのでしょうね。私はどちらの意見がいいのかわかりませんでした。

A:その答えってあるんですかね?

米国グラント将軍来日と渋沢栄一

I:アメリカの前大統領にして南北戦争の英雄でもあったグラント将軍の来日の話が飛び込んできました。

A:劇中、栄一は、民部公子の外遊中にも各国で民によって歓迎されたことを思い出していました。アメリカでいうと万延元年の幕府使節訪米の際には、大歓迎されたことが当時の新聞報道などで知られています。

I:小栗上野介が訪米した時のことですね。極東の島国から丁髷姿という異形の使節団がやってきたという物珍しさもあったかと思いますが、当時の写真をみると行く先々で、ほんとうに大歓迎を受けたことがわかります。

A:その米国から、しかも大統領経験者が初めて来日するとなれば、官民あげて歓待しなければならない、という流れになるのは当然だということですね。栄一は、東京接待委員総代としてグラント将軍を接遇するわけですが、さてどうなることやら。グラント将軍が明治12年6月22日に長崎港に入って、新橋駅で栄一の迎えを受けるのは7月3日。どのような展開になるか楽しみですね。

I:はい。そして最後に、伊藤兼子(演・大島優子)なる女性が登場しました。この女性は……。

A:元AKB48のセンターが演じるわけですから、栄一と濃密な関係を結ぶ人物に違いありません。そのたたずまいも洗練されていました。次週本格的に登場するのでしょうが、この時代、芸妓を正妻や権妻(戸籍に入れた妾)に迎える高官がたくさんいました。井上馨、板垣退助、陸奥宗光などもそうですし、伊藤博文夫人の梅子も芸妓出身です。

I:ということは、わが国の初代ファーストレディは元芸妓ということになるのですね。

A:そういう時代背景を踏まえて、制作陣が、栄一と伊藤兼子の出会いをどう描くのか注目したいですね。

民の力を強くすることを目指す栄一は、商法会議所を開設。

●大河ドラマ『青天を衝け』は、毎週日曜日8時~、NHK総合ほかで放送中。詳細、見逃し配信の情報はこちら→ https://www.nhk.jp/p/seiten/

●編集者A:月刊『サライ』元編集者。歴史作家・安部龍太郎氏の『半島をゆく』を足掛け8年担当。かつて数年担当した『逆説の日本史』の取材で全国各地の幕末史跡を取材。
●ライターI:ライター。月刊『サライ』等で執筆。幕末取材では、古高俊太郎を拷問したという旧前川邸の取材や、旧幕軍の最期の足跡を辿り、函館の五稜郭や江差の咸臨丸の取材も行なっている。猫が好き。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

 

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