文/印南敦史

今回ご紹介する定年本『定年からが面白い』(小林淳宏著、PHP文庫)は、初版が刊行されたのが昭和63年。平成7年に文庫化されたが、初版から33年も経過しているわけで、読んでいると時の流れを意識せずにはいられない。

定年後は「第三の人生」ではなかった

私は定年引退生活を「第三の人生」と呼んでいる。「第一の人生」は、子供の時代から学校を卒業するまでの修業時代だ。「第二の人生」は就職し、子供を育て上げる時代である。さて引退して「第三の人生」に入ると、これがあまりにも、「第一の人生」に似ているのに私はびっくりしているところだ。(本書「はじめに」より引用」)

たとえば、いい例が上の部分。「第三の人生」という言葉や捉え方は、いまとなってはすっかりおなじみ。というよりも使い古された感があるだけに、やはり新鮮味には乏しいのである。

とはいえ、だからといって、いま読む価値がないということでは当然ない。時代の流れに抗えない部分は当然あるけれども、その一方には時間に左右されない普遍性があるわけで、そこを意識しながら読み進めていくと、なかなか楽しみがいがあるのだ。

本書の最大のポイントは「趣味」に特化している点である。というのも著者は、60歳になるまでにいろいろな趣味をかじったものの、転勤などの事情から、結果的にはなにひとつものにならなかったというのだ。しかし、そんな失敗があったからこそ、定年後はその悔しさを原動力にして、ひとつずつ再挑戦していくことになる。

本書は私のたどった恥ずかしい趣味の履歴を基にしながら、定年引退後、「今度こそは」と趣味に没頭した経緯をまとめ、さらに、再就職せずに家計を維持している現状を報告したものである。(本書「はじめに」より引用」)

まずは囲碁に取り組み、その後もエレクトーンで「ラ・クンパルシータ」や「オリーブの首飾り」を弾いてみたり、肩を痛めてやめたゴルフの代わりに水泳に挑戦してみたりと、自由を満喫しながらさまざまな趣味にチャレンジしていくさまは微笑ましくもある。

拘束されれば金が入る、自由でいれば貧乏する

ところで、上記の引用部分には、定年退職者の心を多少なりともくすぐる部分がある。いうまでもなく、「再就職せずに家計を維持している」というフレーズである。どういうことかといえば、長らく時事通信社に籍を置き、海外生活も長かった著者は、趣味と並行して「翻訳」で生計を立てることを選択したのである。

といっても翻訳で得られる収入は決して高額ではなく、そのため苦労も多かったようだ。しかし、そんな苦労もまた、趣味と同じように脳を活性化させていたのではないだろうか。本書で確認する限りにおいては、そんな印象がある。働いていることが励みになっているのだ。

私は人生はバランスだと思っている。拘束されれば金が入る。自由でいれば貧乏する。これがバランスだ。私は後者を選んだだけのことである。だから「これだけ稼げばもういいや」と思う時は翻訳依頼の電話を受けても頻々と断ってきた。(本書220ページより引用)

いわば、自分のペースで趣味と仕事を両立させてきたということ。そういう意味においては、定年後の理想的なライフスタイルのひとつが本書には提示されていると言えるだろう。

著者が翻訳のような特殊技能を持ち合わせた人物である以上、ここに書かれていることのすべてを読者が応用できるとは言えないだろう。しかし、意識しておくべきことがある。もちろん他の人にはない能力も持ってはいるけれども、それが著者の定年後の生活をイキイキとさせたわけではないということ。

つまり、学ぶべき重要なポイントは、著者の前向きなマインドなのである。「定年だから隠居」どころか、タイトルにもあるように「定年から」に焦点を当てて動き続けてきたからこそ、その後の生活が輝いたということだ。その点は、定年を迎えた多くの人に応用する価値があるのではないか。

著者は平成22年に、85歳で世を去っている。しかし、70歳だった本書文庫版発行の時点で以後の人生を「第二定年」と位置づけているところを見ると、そこからの15年間もさぞや充実していたのではないだろうか。そんなことを想像すると、さらに「定年以降」の充実度に価値があることを実感せざるを得ない。

【今回の定年本】
『定年からが面白い』
(小林淳宏著、PHP文庫)

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文/印南敦史
作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。雑誌「ダ・ヴィンチ」の連載「七人のブックウォッチャー」にも参加。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)などがある。

 

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