文/池上信次

「映画発祥のジャズ・スタンダード」の紹介、今回はその7回目。紹介する曲は「夜は千の目を持つ(Night Has A Thousand Eyes)」。謎めいた詩的なタイトルも魅力的ですよね。バディ・バーニアー作詞、ジェリー・ブレイニン作曲。ジョン・コルトレーン、ソニー・ロリンズ、スタン・ゲッツ、ポール・デスモンドら、サックス奏者の名演がよく知られます。その一方、歌詞がある曲にもかかわらず、ヴォーカルの演奏は少なく、インストのジャズ・スタンダードといえるでしょう。

スタン・ゲッツ『ディドント・ウィ』(ヴァーヴ)
演奏:スタン・ゲッツ(テナー・サックス)、ジョニー・ペイト(編曲)、オーケストラ
録音:1969年
ボサ・ノヴァの立役者だけに、ボサ・ノヴァにアレンジ。途中からは4ビート。バック・ミュージシャンのクレジットがまったくありませんが、ピアノやギターも大きくフィーチャー。

「夜は千の目を持つ」は、アメリカ映画『ナイト・ハズ・ア・サウサンド・アイズ(Night Has A Thousand Eyes)』の主題曲。1948年アメリカ公開、監督は監督はジョン・ファーロウ、主演はエドワード・G・ロビンソン。日本では劇場公開はされていないようです。この曲は映画中ではいったいどんなふうに流れているのか? 映画全編(80分)をDVDで鑑賞してみました。

映画の原作は、ウィリアム・アイリッシュが1945年に発表したサスペンス小説『夜は千の目を持つ』。このタイトルにある「千の目」とは夜空の星のこと。映画中では、主役のひとりである女性が「私はたくさんの星に見つめられている」と語るのですが、それは不安で怖いという意味で使われています。ロマンチックな星空ではないのです。主人公は予知能力のある謎の人物。そしてその予言に翻弄される人々、そこに犯罪の匂いを察知した警察官らがその謎を解いていく、という物語。

さて、映画を観てびっくりしたのは、映画中で「夜は千の目を持つ」が使われていなかったこと。いや、使われてはいるのですが、1回ではわからなかったのです。2回目、じっくり観なおしてやっとその存在に気がついたという次第。先に映画の「主題曲」と書きましたが、主題曲として書かれたのかもしれませんが、これを主題曲というにはあまりに無理があるというのが率直な感想です。オープニングには別の音楽が流れます。音楽担当のクレジットはヴィクター・ヤング。そのほかにブレイニンら音楽のクレジットはありません。劇中のバックグラウンドの音楽は、意識させるようなメロディーはほとんどなく、ダンス・パーティーのシーンでは大楽団によるルンバふうの曲がちょっとだけ聞こえますが、セリフが被ってメロディはほとんどわかりません。エンドロールはなく「The End」で終わり。音楽についてはそんな感じなのです。

2回目を観てそのダンス・パーティーの曲がじつは「夜は千の目を持つ」だったと気づいたのですが、カウンター・メロディのほうが大きく、1コーラスに満たない長さでしかもセリフが被るので、「夜は千の目を持つ」のメロディをあらかじめ知らなければ、これが「夜は千の目を持つ」であることを認識することはできないでしょう。なお、歌詞は歌われていません。

というわけで、この曲は前回紹介の「オン・グリーン・ドルフィン・ストリート」同様、「映画の中の名曲→ジャズ・スタンダード化」ではないことは明らかです。レコードに残されているおもな演奏を録音年順に挙げてみます。

ホレス・シルヴァー『シルヴァー・アンド・ブルー』(エピック)1956年録音
ソニー・ロリンズ『ホワッツ・ニュー』(RCA)1962年録音
ジョン・コルトレーン『コルトレーン・サウンド』1960年録音・1964年リリース
ポール・デスモンド『ボッサ・アンティグア』(RCA)1964年録音
カーメン・マクレエ(ヴォーカル)『セカンド・トゥ・ナン』(メインストリーム)1964年録音
ザ・スリー・サウンズ『スリー・ムーズ』(ライムライト)1965年録音
スタン・ゲッツ『ディドント・ウィ』(ヴァーヴ)1969年録音


ジョン・コルトレーン『コルトレーン・サウンド(夜は千の目を持つ)』(アトランティック)
演奏:ジョン・コルトレーン(テナー・サックス)、マッコイ・タイナー(ピアノ)、スティーヴ・デイヴィス(ベース)、エルヴィン・ジョーンズ(ドラムス)
録音:1960年10月26日(夜は千の目を持つ)
コルトレーンはアトランティックからの移籍直前の1960年10月21日、24日、26日の3日間、同じメンバーで録音を行ないました。その音源は3枚のアルバム『マイ・フェイヴァリット・シングス』(61年リリース)『プレイズ・ザ・ブルース』(62年)『コルトレーン・サウンド』(64年)として順次リリースされました。


もっとも初期の演奏と思われるのが、1956年のホレス・シルヴァー。シルヴァーがこの曲を知ったのは映画ではないでしょうから、当時、シルヴァーらジャズ・ミュージシャンたちはシート・ミュージック(楽譜)を掘りおこしてレパートリーを増やしていたのでしょうか。ジョン・コルトレーンの演奏がもっともよく知られるところなので、それがスタンダードのきっかけになったのでは?とも思いますが、録音はソニー・ロリンズより先の1960年でもリリースは1964年。ロリンズ、そしておそらくポール・デスモンドもコルトレーンの演奏を聴くことなくこの曲を取り上げているのですね。そしてその両方のバックで演奏しているのがジム・ホール(ギター)で、アレンジはどちらもボサ・ノヴァ。同時期にたまたまコルトレーンやロリンズ、デスモンド(あるいはジム・ホールか)がこの曲を発見した、というのは偶然とは思えませんので、この曲にかかわる何かしらの動きがあったと想像します。この曲以外に、ジェリー・ブレイニンの名前はジャズでは見ませんですし。

いずれにせよ、この「夜は千の目を持つ」は「映画音楽ではあるけれど、映画発祥ではないジャズ・スタンダード」といえそうです。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『プレイリスト・ウィズ・ライナーノーツ「絶対名曲」』をシリーズ刊行中。(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/ジャズ超名盤研究 3』『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

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