1964年、東京でオリンピックが開催されました。戦後日本、最初の大規模な国際的イヴェントとして歴史に残っていますが、この1964年の東京では、まさにオリンピック級というべきジャズの国際的大規模イヴェントも開催されました。

「マイルス・デイヴィスの初来日公演のこと?」と思ったあなたは、半分正解。マイルスはこの1964年に初めて日本公演を行ない、その演奏は『マイルス・イン・トーキョー』(CBSソニー)で聴くことができます。これは日本のジャズ史の一大事には違いないのですが、このマイルスの来日は、『第1回世界ジャズ・フェスティヴァル』によるものだったことは、案外知られていないのではないでしょうか。これがオリンピック級なのです。

第1回世界ジャズ・フェスティヴァル(以下、世界ジャズ)は、1964年7月10日から16日まで開催されました。アメリカから13のバンドが来日し、3グループに分かれて(一部日本のミュージシャンも含む)、東京、大阪、京都、名古屋、札幌の各地で全17公演を行ないました。マイルス・クインテットはこの「グループA」のバンドのひとつでした。「グループB」は、エドモンド・ホール、レッド・ニコルズ、ジーン・クルーパらディキシー〜スウィング系、「グループC」はトミー・ドーシー、パイド・パイパーズらヴォーカル系の顔ぶれ。当時のプログラムを見ると、ビッグバンドのメンバーを除いても、40人以上の名だたるミュージシャンが大挙して来日しているのです。

The World Jazz Festivalジャケット
『The World Jazz Festival』プログラム
プログラムはLPジャケット・サイズで96ページ。出演ミュージシャンの紹介はもちろん、駐日アメリカ大使から人気タレントのコメントなども掲載されている。広告も多数あり、当時のLPレコードは1枚1,500円から1,800円、『スイングジャーナル』誌が180円と記されている。裏表紙の広告は日本航空で、ニューヨーク往復便のエコノミー料金が367,600円とある。コンサート入場料はプログラムに記載がないが、グループAはS席3,500円だった(小川隆夫著『伝説のライヴ・イン・ジャパン』[シンコーミュージック]による)。

初日の7月10日は、グループABCそれぞれが名古屋、東京、大阪で公演を行いました。各地で「日替わり公演」とするため、たとえばグループAは、名古屋〜大阪〜東京〜大阪〜東京〜京都という、移動がたいへんな6日連続のツアーとなりました。ここでとくに紹介したいのは、グループA。グループAは、マイルス・デイヴィス・クインテット、J.J.ジョンソン・オールスターズ、カーメン・マクレエ&ハー・トリオの3バンド。マイルス・クインテットはマイルス・デイヴィス(トランペット)、サム・リヴァース(テナー・サックス)、ハービー・ハンコック(ピアノ)、ロン・カーター(ベース)、トニー・ウィリアムス(ドラムス)。プログラムには、テナー・サックスがジョージ・コールマンと記されており、来日前にリヴァースに急遽変わったことがわかります。

興味深いのが、J.J.ジョンソン・オールスターズ。J.J.のトロンボーンに、クラーク・テリーのトランペットということだけでも十分大物感がありますが、驚くのがこのほかのメンバー。ソニー・スティット(アルト&テナー・サックス)、ウィントン・ケリー(ピアノ)、ポール・チェンバース(ベース)、ジミー・コブ(ドラムス)なのです。はい、そうです、スティットは60年代初頭に一時マイルスのグループに在籍、ケリー以下はそのままマイルス・クインテットの前リズム・セクションです。

(J.J.には悪いですけど)『マイルス・イン・トーキョー』と同じステージで、マイルスの前リズム・セクションの演奏もあったなんて、なんと豪華なことでしょう。招聘プロデューサーは意図していたのかはわかりませんが、まさに観客はそこで「マイルスが動かしていたモダン・ジャズ・スタイルの変化」を目の当たりにしたのではないでしょうか。これだけでもすごいジャズ・フェスだったと思いますね。

なお、グループAにはさらに、トシコ・マリアーノ(=秋吉敏子/ピアノ)、チャーリー・マリアーノ(アルト・サックス)、松本英彦(テナー・サックス)が参加とプログラムにありますが、どのように演奏に加わったのかはわかりません。

というように、興味深い演奏が連日繰り広げられたであろうこの「世界ジャズ」ですが、残念なことに結局この1回で終わってしまいました。そして、現在聴くことのできる「世界ジャズ」の音源は『マイルス・イン・トーキョー』のみ(7月14日:東京厚生年金会館での演奏)。そのアルバムにしても、ラジオ放送用音源を5年後の69年に日本でのみレコード化したものですので、もともとは残らないはずの音源だったのです。

これだけの大規模イヴェントだったにもかかわらず、時が経つにつれ振り返られる機会は少なくなるばかり。音楽イヴェントは、音が残っていないとどんどん記憶から消えていってしまうのですね。まさに「レコード」は字面の意味そのものです。マイルスのアルバムも、録音は東京1箇所でも公演は全国6会場で行われていたのですから、タイトルを『イン・ジャパン』にしておけば「日本ツアーがあった感」はもう少し残ったかもしれません。まあ、もともと「ジャズの演奏は消えていってしまうもの」とすれば、プログラム見て思いをはせるというのも、ジャズのひとつの楽しみ方なのかもしれません。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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