「変名」の続きをもう1回。グループ内にひとりの変名ミュージシャンがいても、メンバーの顔ぶれから正体を類推できたりしますが、全員が変名だったら? しかもヒントはまったくなし。そんなアルバムがあるのです。
このアルバム、参加メンバー全員が「変名」を超えた「匿名」なのです。ジャケットには氏名も編成も曲名表記もなし。そして「ジミー・ジュフリー、ウォーデル・グレイ、テディ・エドワーズ、ハワード・マギー、(中略)ベン・ウェブスター、ベニー・カーター、チャーリー・パーカー」と有名どころの名前がずらりと並ぶのですが、すべて「?」付き。アルバム・タイトルそのままの思わせぶりなジャケットはあるものの、中の演奏とは関係なさそう。はっきりしていることは、「ザ・モダン・ジャズ・スターズ」という、どうでもいい名前だけなのです。まあ、ジャズをやっていることは間違いないでしょうが、中身がまったくわからないレコードを誰が買うのか? はい。それがジャズなら、ジャズ・ファンは買うのです。
じつはこのアルバムは「ブラインドフォールド・テスト」用のアルバムなのです。「ブラインド〜」というのは、音だけでその演奏者を当てる遊びのこと。ヒントなしほど燃えるのが真のジャズ・ファン(か?)。というわけで大好きなチャーリー・パーカーならわかるかな、と聴いてみると……誰これ? そもそも「ザ・モダン・ジャズ・スターズ」はグループではないのでした。収録音源はライヴあり、スタジオ録音あり、編成もさまざまなコンピレーションなのです。「チャーリー・パーカー?」と書いてあれば、きっとどこかにいると思ってしまいますよね。でも、少なくともパーカーはどこにもいない(と思う)。
レコードにはさらに、曲名と演奏されている曲が違うものがあるのです。少なくとも私の持っているLPでは「ホワイ・ノット」と記された曲は、タッド・ダメロン作曲のビ・バップ・スタンダード「ホット・ハウス」なのでした。デューク・エリントン作曲の「Cジャム・ブルース」など有名曲も収録されているのですが、そもそも全曲に作曲者のクレジットがないのです。意識的なのか、はたまたテキトーなのかはわかりませんが、曲名もヒントにできず、謎はますます深まるばかり。
さらにさらにオマケがあって、「少なくとも私の持っているLP」とわざわざ書いた理由は、同じLPでもヴァージョン違いがあるからなのです。調べたところ、1957年リリースのオリジナルには作曲者名が書いてあり(でもその真偽はかなり怪しい)、私の所有する再発盤(といっても翌年リリース)には記載がないのです。また、このアルバムは国内盤がCDリリースされたことがあるのですが、それとも曲名が違うものがあります。「そこまで混乱させて問題を面白くした」と見るか、「テキトーな作りに、だまされた」と感じるか(正直ほぼ後者ですね)。
なお、現在この音源はアメリカ盤CDやサブスク・サービスの「Amazon Music Unlimited」でも聴けますが、収録曲は同企画の匿名セッション続編(まさか好評だったのか?)『ジャズ・サプライズ』を含んだものになっています。でもそこにもメンバーの明示はなく、明らかな曲名誤記があったりと、発表から60年以上たっても謎は解かれていません。まあ、すべてが明らかになってしまえば、その後は魅力半減でしょうから(名演名盤とは言い難い)、これはずっとこのままそっとしておくのが正しい聴き方といえそうです。そうは言っても、やっぱりジャズ・ファン心理を手玉に取った「売り方」に、まんまと乗せられてしまったのだろうな……。
(じつは、この種明かしをしている海外のマニアのサイトがあるのですが、それを見るとその謎解きへの情熱に驚きます。こりゃ難しいな。やはりパーカーは入っていないようです。)
文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。