『ビルボード』誌のチャートから「ジャズのヒット」を検証する4回目。そろそろ一番大事なテーマに入ります。それは、「ジャズ界最大のヒット・メーカーは誰か」。これまで紹介の内容から、「大ヒットしたジャズ」とされているものでも、「ジャズのジャンルの中では」と前置きすべきものや、「売れたけれど、ヒットというよりロングセラー」が多くあることはおわかりいただけたと思います。今回は、前置きなしの「ヒット」をもっとも多く飛ばしたジャズマンを紹介します。
(なお、チャートがまだ細分化されず、ジャズが明確にジャズとして捉えられる1970年あたりまでを対象にします)
いきなり発表します。第1位はジミー・スミス(オルガン)です。それ、前回のネタじゃない?という声が聞こえてきますが、やはりスミスのチャート履歴はジャズの中ではダントツのヒットなのでした。別の答えを期待した方ごめんなさい。ただ、多くのジャズ・ファンの方はウェス・モンゴメリー(ギター)と思われたのではないでしょうか。『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』のジャケットはとても有名で、しかも必ず「大ヒット」というキーワードで語られていますよね。実際のところはどうか。
まずはウェスのディスコグラフィーを見ていきましょう。ウェスは1959年にリヴァーサイド・レコードからファースト・アルバム『ザ・ウェス・モンゴメリー・トリオ』をリリース。翌60年に名盤の誉れ高い『インクレディブル・ジャズ・ギター』で大注目を浴び、同社から64年までに9枚のアルバムをリリース(当時)。ウェスの評価は高いものでしたが、「ヒット」とは無縁でした。そして64年にウェスはヴァーヴ・レコードに移籍します。その理由は、リヴァーサイドの倒産でした。ヴァーヴのプロデューサーはクリード・テイラー。前回紹介した、ジミー・スミスをスターにした(62年)プロデューサーですね。移籍第1弾『ムーヴィン・ウェス』でテイラーはウェスのバックにブラス・オーケストラを配します。これはマイナー・カンパニーのリヴァーサイドではできなかったことです(ジミー・スミスと同じストーリーですね)。そして結果は……ヒットしました! チャートには入らなかったものの、発売直後に10万枚を売り上げたそうです(ウェブ『JazzTimes』2020年3月/ジョセフ・ウーダードのコラムによる)。
勢いに乗ったウェスとテイラーは、翌年に『バンピン』をリリース。こちらは大編成の弦楽オーケストラをバックにしました。そして結果は……ウェス初のチャート入り! アルバム・チャートで116位にランクイン(1966年1月)。さらに次作の『テキーラ』が51位(66年11月)、そして『夢のカリフォルニア』が65位(67年6月)とヒットを連発。これらはいずれもオーケストラをバックにしたアルバムで、これらの間にはコンボによる『スモーキン・アット・ザ・ハーフ・ノート』という傑作ライヴ・アルバムがありましたが、チャートには入っていません。ヒットの方向性は明確です。
そして67年、クリード・テイラーがA&Mレコードにヘッドハンティングされます。テイラーは(手みやげとして?)ウェスを連れて移籍し、ふたりの移籍第1弾『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』にそれまでのノウハウを全力投入します。もちろん大編成オーケストラ入りで、ビートルズ・ナンバー2曲、当時の最新ポップス・ヒット曲も収録。そして結果は……大ヒット! アルバム・チャートで13位に入りました(67年12月)。シングル・カットされた「ウィンディ」はシングル・チャート(Hot100)で44位になりました。さらにアルバム・チャートには67週入り続けるロング・ヒットにもなりました。その後もウェスとテイラーは同路線で『ダウン・ヒア・オン・ザ・グラウンド』『ロード・ソング』の2枚のアルバムを作り、それぞれ38位、94位とランクインし、アルバム・チャートの常連となりました。
さて、冒頭のテーマに戻ります。ウェスは「ジャズ界のヒット・メーカー」の2位というところですね。ウェスは68年6月に急逝してしまいましたので、それがなければ逆転もありえたかもしれませんが。それにしてもテイラー恐るべし。(結果的にまったく同じやり方ではありますが)テイラーの「プロデュース」がなければ、ウェスもスミスもスターにはなっていないのですから。そしてワン・ツー・フィニッシュ。すごい。当時はコアなジャズ・ファンからは「大ヒット」に批判もあったと伝えられていますが、一方ではヒットを喜んだりと、ジャズはなかなかめんどうな音楽ですよね(笑)。
文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。