日本人の死因としてがんに続いて多い心臓病の予防には、「笑い」の多い生活が大切なことをご存じでしょうか。日本心臓財団と医療機器メーカーのエドワーズライフサイエンスが、笑いを心臓病の予防に活用するプロジェクト「笑いdeハートケア」を展開し、楽しい落語を追求する三遊亭兼好師匠による創作落語をウェブページ https://www.jhf.or.jp/heart_care/ で公開中です。そもそも、心臓病を予防するうえで、「笑い」にはどのような効用があるのでしょうか。日本笑い学会会員歴14年で、笑いと心臓病に造詣の深い循環器内科医、榊原記念病院常勤顧問の住吉徹哉先生に、お話をうかがいました。

よく笑う人は心臓病になりにくい

――心臓病に対する「笑い」の効用について教えてください。

心臓病と笑いの関係は、国内外の研究で科学的に検証されています。例えば、40歳以上の日本人1万7152人を平均5.4年追跡調査した研究(※1)では、日ごろほとんど笑わない人は、よく笑う人より1.6倍心臓血管病を発症しやすく、死亡するリスクは約2倍も高いと報告されています。

カナダで男女1739人を10年間追跡調査した研究でも、笑い、すなわちポジティブな感情の持ち主は、悲観的な人より、22%も心筋梗塞や狭心症の発病率が低かったそうです(※2)。つまり、よく笑い、ユーモアの多い生活をすると、心臓や血管の病気が予防できる可能性が高いわけです。

――「笑う門には福来る」ということわざには、医学的な根拠があったのですね。

笑いの医学的な効用の解析が進んだのは40数年のことですが、昔の人たちも笑うと健康に良いことを知っていたのではないでしょうか。ドイツでは「三遍薬を飲むより、一遍笑う方が良い」、アイルランドには「たんと笑って、たんと寝れば医者はいらない」ということわざあるそうです。私は「一笑一若、一怒一老」という中国のことわざが好きで、診察室にこの言葉を飾っています。

そもそも笑い療法の研究が進んだのは、米国のジャーナリスト、故・ノーマン・カズンズが、原因不明の難病「強直性脊椎炎」を笑うことで克服したことを、1976年に権威ある医学誌『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』で報告(※3)したのがきっかけです。この体験をまとめた著書『笑いと治癒力』(岩波現代文庫)はベストセラーになり、カズンズは「笑い療法の父」と呼ばれています。笑いは、副作用のない薬のようなものです。 

笑いがストレスや痛みの悪循環を開放

――逆に言えば、笑いが少なくストレスの強い生活は心臓に悪いということでしょうか。

ストレスが心臓病の原因になることはよく知られています。戦争や災害は大きなストレスで、東日本大震災でも発生後4週間に渡って、心臓突然死が増加しました(※4)。私が以前、心筋梗塞で入院した患者さん310人に、「発症前に過労やストレスがあったか」を聞き取り調査したところ、非常に多くの患者さんが「あった」と回答しました。特に、40歳未満と若くして心筋梗塞を発症した患者さんの100%が発症前にストレスを抱えていました(※5)。この調査をして以来、私は心臓病の治療に「笑いとユーモア」を取り入れたらどうかと考えるようになりました。

――笑いが心臓病の予防につながるのは、どうしてですか。

少し専門的になりますが、ストレスを受けると、大脳前頭葉という部分から脳の視床下部へその情報が伝わって、下垂体を介して副腎皮質ホルモン「コルチゾール」の分泌を増加させ、また免疫細胞であるナチュラルキラー(NK)細胞の活性を減少させ免疫力を下げてしまいます。さらに、自律神経にも作用して交感神経を刺激して、神経伝達物質の「アドレナリン」を分泌して血圧や心拍数を上げ、心臓や血管に負担をかけます。笑うことで大脳前頭葉が活性化すると、ストレスの情報が視床下部に伝わる前の段階でリセットされて、自律神経や免疫機能の働きを正常化させ、心臓病などの病気の予防につながると考えられています。これが、私が所属している日本笑い学会で報告された「楽しい笑いの脳内リセット理論」です。

(日本笑い学会資料を一部改変)

つらいときこそ笑うことが大切

―笑いたくても笑えないときがあります。そんなときにはどうしたらよいのでしょうか。

実は、作り笑いをするだけでも、大頬骨筋という口角を上げる筋肉が収縮してその情報が脳に伝わり、脳がだまされて楽しくなると言われています(※6)。これが「笑いのフィードバック効果」です。試しに、鏡の前で笑顔を笑ってみてください。作り笑いをするだけでも、楽しい気分になり、本心から笑うときと同様に、体にも良い影響を与えるという仕組みです。チャップリンは「つらいときには笑いなさい」、哲学者のアランは『幸福論』第77章に「幸福だから笑うのではない。むしろ笑うから幸福なのだ」と記しています。つらいときこそ笑うことが大切なのです。

ときには落語を聞いて大笑いを

――笑いの力で、最近増えている心不全を予防することはできますか。

心不全は心臓のポンプ機能が低下して、全身に十分な血液が送り出せなくなった状態です。弁膜症、心筋梗塞、不整脈などの病気が進行すると、心不全になりやすくなります。笑うことで少しでもストレスを開放し交感神経の緊張が緩和されれば、これらの病気の進行や再発を防ぐことができ、心不全の予防につながることが期待できます。息切れや胸痛、動悸など、これらの心臓病を疑うような症状があるときには、すぐに循環器専門医を受診しましょう。

日本心臓財団ホームページ「高齢者の心不全」より
https://www.jhf.or.jp/check/heart_failure/02/ 

――先生は、心臓病の患者さんに「笑方箋」を出されているとお聞きしました。

悲観的になりがちな患者さんたちには笑方箋を出して、起床時、毎食後、就寝時の1日5回、1回1分以上は笑うことを勧めています。ただし、未だに保険請求はできません(笑)。また、日々の生活で笑いの種を見つけるために川柳を作ることも推奨しています。補完代替医療として、音楽療法、体を温める和温療法、アロマセラピー(芳香療法)、アニマルセラピー(動物介在療法)などがありますが、その一つに、ぜひ「笑い療法」も加えたいと考えています。

――笑い療法の一環として、三遊亭兼好師匠の創作落語「チェックポイント」を見れば楽しい気持ちになれそうですね。

兼好師匠の創作落語は、一人で楽しむだけではなく、ご家族で観て大いに笑ってください。私は、高校生の頃から落語が好きで、寄席にもよく行っていました。寄席では、一人が笑うと周りの人に伝染しみんなで楽しくなります。笑えば、免疫細胞のナチュラルキラー(NK)細胞が活性化し、体の免疫機能を高めることにもつながります。笑ってストレスを解消し心臓病を予防するためにも、落語鑑賞はぜひ、お勧めです。

※1 J Epidemiol.2020;30(4):188.
※2 Eur Heart J. 2010 ;31(9):1065.
※3 N Engl J Med.1976 ;295(26):1458.
※4 N Engl J Med. 2013 ;369(22):2165.
※5 Jpn Circ J . 1986;50(2):164.
※6  J Pers Soc Psychol. 1990 ;58(2):342.

三遊亭兼好師匠の創作落語「チェックポイント」
https://www.jhf.or.jp/heart_care/

住吉徹哉先生プロフィール
循環器専門医、公財)日本心臓血圧研究振興会顧問。 日本心臓血圧研究振興会附属榊原記念病院前副院長、榊原記念クリニック前院長。医学博士。日本笑い学会会員。心臓病の日常診療の場に「笑方箋」や川柳を取り入れ、医療における笑いの効能を広め、実践している。

■公益財団法人日本心臓財団(https://www.jhf.or.jp/
■エドワーズライフサイエンス株式会社(https://www.edwards.com/jp/

取材・文/福島安紀 撮影/乾 晋也

 

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