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ワイン

「日本庭園」のようなワインとは? 1000年のワイン造りを目指すシャトー・メルシャンと、十六代目佐野藤右衛門氏の日本庭園の関係~その1~

近年、日本ワインの国際的評価が極めて高くなっている。葡萄の栽培技術や醸造技術の進歩という理由もあるけれど、より重要なのはその根底にある哲学の変化だ。その変化の端緒となった人物が、1998年にメルシャンが醸造アドバイザーとして初めて招聘したシャトー・マルゴーのポール・ポンタリエ氏だった。

先進地フランス風の「強くて重い」ワインを至上としていた当時のメルシャンの醸造家たちに、ポンタリエ氏は「あなたたちには京都の日本庭園という素晴らしいお手本がある」という言葉を贈る。現在の日本ワインの隆盛は、この時に種を播かれたと言ってもいい。日本の風土を生かしたワイン造りが始まったのだ。

それにしても日本庭園のようなワインとは何か。今回はその真意を究明すべく、シャトー・メルシャンのチーフ・ワインメーカー安蔵光弘氏と、ブランドコンサルタントでありマスター・オブ・ワインの大橋健一氏が、当代一の造園家を京都嵯峨野に訊ねた。天保3年創業の植藤造園十六代目佐野藤右衛門氏である。

●佐野藤右衛門(さの・とうえもん)
1928年京都生まれ。天保三年創業の植藤の当主として、十六代目佐野藤右衛門を襲名。桂離宮、修学院離宮の整備や、京都迎賓館の作庭など国内有数の庭園にとどまらず、世界各国で日本庭園の施工を手がける。勲五等双光旭日章、黄綬褒章受章。ユネスコ本部からピカソ・メダル授与。桜の研究家としても知られる。

●安蔵光弘(あんぞう・みつひろ)
1995年、東京大学大学院応用生命工学専攻修士課程を修了後、メルシャンに入社。ボルドー第2大学醸造学部にてテイスティング適正資格DUAD取得。国際ワインコンクールの審査員を3回務めるなど海外でも経験を積み、2015年にシャトー・メルシャンのワイン造りを統括するチーフ・ワインメーカーに就任。

●大橋健一(おおはし・けんいち)
1929年創業の酒類販売専門店「山仁」代表取締役社長。1999年、日本ソムリエ協会主催全国ワインアドバイザー選手権優勝。世界のワイン業界において最難関とされる資格、マスター・オブ・ワインを2015年に取得。2017年、シャトー・メルシャンのブランドコンサルタントに就任。

自然のものを人間の技であるべきものへ仕上げていく

佐野藤右衛門(以下、佐野) 私、酒はあまり飲まんので、ワインがどうのこうのというのはわかりません。ただ、今から60年くらい前、しばらくパリに住んでいたんですが、その頃は飲んでいました。私らワインなんてハイカラな言い方は、その頃はしてませんでしたけどな。いわゆる葡萄酒。羊の革の袋に入れたね。

大橋健一(以下、大橋) 羊の革袋に入れた葡萄酒ですか。まるで聖書の時代みたいですね。味はいかがでした?

佐野 労働者はみんなそれやったですわ。休憩の時も、向こうの労働者は座らへんから。日本人は座るけど、西洋の人間は座りませへんわな。立ったまま何かにもたれるかなんかして、肩にかけた革袋の栓をポンと抜いて、ぐーっと搾って飲んでましたな。「それなんや、ちょっとくれ」、言うてね。なるほど、ああこれが葡萄酒ちゅうもんかと。味は……旨い不味いというより、水代わりですから。水を買うより安いもんやからね。あんまり印象はないんですが、なんかこう渋いだけでね(笑)。

安蔵光弘(以下、安蔵) 赤ワインだったんですね(笑)。

佐野 赤っぽいのが多かったですな。なんやわからへん、それくらいの知識しかないですねん。シャンパンも飲みましたけどな。ところがこのシャンパンで悪酔いしてしもてね。若い者連れて、いっぺん飲もうか言うて、モンマルトルまでわざわざ出かけてね。シャンパン飲んだはいいけど、どこからどう帰って来たのかもようわからへん(笑)。

安蔵 パリにいた頃というのは、佐野先生がユネスコ本部の仕事をされていた時代の話ですね。1950年代の終わり頃……。

佐野 そうそう。イサムと一緒にね。

大橋 イサムって(笑)。イサム・ノグチのことですよね。イサム・ノグチが設計した有名なユネスコ本部の日本庭園を佐野先生が施工された。

佐野 そういうことになってますな。まあ日本庭園らしきものをね。らしきものしかできません、よその国行ったら。気候風土が違うからね。

安蔵 パリの風土に合った、日本庭園らしきものを造ったと。

佐野 そうです。葡萄もそうらしいですな。

安蔵 確かに、同じ葡萄を使って同じ造り方をしても、その葡萄が育った土地によってワインの味は違って来ます。

佐野 それが自然なんですわ。庭もそうですけど、初めからしまいまで自然なんです。ワインにしても、土地によって年によって、味が変わるわけでしょう。何ていいましたかな、あの毎年秋にフランスから来る新酒の……。

大橋 ボージョレ・ヌーボーですか?

佐野 それですわ。そのボージョレ・ヌーボーも、毎年のように今年は当たり年やとか言うてますけどな。そんなわけあるかいなと(笑)。葡萄が毎年同じように出来るわけがない。

安蔵 その通りです。それで私たちも苦労してます(笑)。

佐野 昨年(2018年)の葡萄はどうでした?

安蔵 正直に言います(笑)。収穫の遅い品種は良かったけれど、収穫の早い品種はあまり良くありませんでした。昨年は8月後半まで雨が多かったんですが、9月に入ったら雨が少なくて天気が良くなり10月中旬まで気温が30度を超えることもありましたよね。ですから私たちの畑で言うと、10月に入ってから収穫するシラー、カベルネ・ソーヴィニヨン、カベルネ・フランなどの品種はその天候の恩恵を受けていい出来だったんですが、9月頭に熟してしまう品種は苦戦しました。まあ標高が高くて涼しい畑は収穫が遅いので、地域によっては早い品種でもけっこう良かったんですけど。

佐野 そういうもんですやろ。自然のものには必ず出来のいい悪いがある。それを人間の技で、そうあるべきものに仕上げていく。これが人間の知恵ですわな。我々でも、地方で庭造りを頼まれたときは、必ずその土地の植木屋を一人入れます。そうしないとできませんのです。その土地のことは、住んだことのないものにはいくら言われてもわからへん。土地の人がいてくれなんだら必ず失敗する。

自然を相手にするには、時間をかけなあかん

大橋 先生、ひとつ質問よろしいですか。そういうことであるならば、同じ日本庭園であっても、たとえば北海道で造れば、知っている人が見たら、ああこれは北海道の日本庭園だってわかるものなんですか。

佐野 わかるというよりも、基本的に気候風土によってすべて違うわけです。川一つ、山一つ越えると、気候風土はみな違う。四季の変化も、毎日の晴雨も違う。それによって草木の生え方も違う。日本庭園という前に、その自然をいかに上手く利用さしてもろうてるかだけの話なんです。ところが戦後は、米にしても無理に育ててますやろ。土をつくらんで。

大橋 化学肥料とか使ってますからね。

佐野 そうなんですわ。昔は土つくって米を育てたから、もっと米が甘かったんですわ。科学技術の進歩か何かわからんけど、何でも時間と手間をかけずにすまそうとする。自然を相手にするには、時間をかけなあかんということを忘れとる。

安蔵 ワインもまったく同じです。ワインは葡萄以上のものにはならないので。やっぱり畑の土づくりってすごい大事なんですね。畑の土が良くないと、葡萄の根っこが上手く入っていかない。時間はかかりますけど、それをやらないと結果的にいいものにならない。

佐野 ああなるほどねえ。

大橋 日本庭園では、たとえば雑草対策に除草剤を使ったりするんですか。

佐野 まずないです。全部手作業ですわ。というのは、我々の場合には、自然に生えた面白いもんが、やっぱり手でやってると見つかるんですわ。それを今の若い者は、全部雑草に見えるんでしょうな、みんな抜いてしまいよるですわ。「ここに残しといたのどうしたんや」「刈りました」「ばかもん!」って。今はばかもんて言うたら、怒られますが(笑)。

大橋 興味深いですね。自然に生えた面白いものが見つかるというのは。

佐野 そうなんですわ。そういうものの中で、残すべきか、抜くべきか。あるいはある程度までは鑑賞価値があるけど、それ以上伸びたら邪魔になるというもんがあるんです。それはその人の勘と感性で見極めるしかない。

安蔵 どの草を残してとか、マニュアル化はできないということですね。

佐野 何が生えるかわからんから。ここにこういう草がなんぼ生えるとかわからへんから、マニュアルには絶対出来ません。新しい庭はね、やっぱり3年はかかる。3年するとそこの水を吸うて、そこの形に変わっていくんです。まず、そこに生える雑草によって違うんです。それによって木の成長の仕方が変わってくる。そういうことを全部見極めて、どの木を省いて、どの木を残して育てていくかという、いわゆる除伐間伐という作業が始まる。それがだいたい10年目くらいからです。

大橋 日本庭園を見る目が変わりました。つまり木や草や石をただ美しく配置すれば、庭ができるわけではない。自然と徹底的に向き合いながら、その土地の持ち味を生かして、つまりテロワールを生かして、人の技と感性で育てていくものなんですね。そういう意味で、日本庭園とワイン造りはよく似ている。

安蔵 メルシャンが醸造アドバイザーとしてフランスのポール・ポンタリエさんを日本にお招きしたんですが、その時にこういうことを話し合ったんです。フランスにはたとえばベルサイユ宮殿のように壮大な庭園があるけれど、人間が自然を従えようとしている部分があると。京都にある日本の庭園は規模は小さいけれど、一つ一つの要素が調和をしている。あなたたちは、その日本庭園のようなワイン造りを目指してはどうか。

佐野 その方は日本をよう見ていますなあ。ある外国人が、日本の庭は動いていると言うんです。動いているけれど、いつも変わらぬ美しさがある。ところが西洋の庭は止まってると。と言うのは、四季がありますやろ。向こうも四季はありますが、落葉するか緑かだけなんですわ。

その2に続きます)

シャトー・メルシャンの各ワイナリーを代表する最高峰のワイン、アイコンシリーズ。写真左から「シャトー・メルシャン 椀子 オムニス」、「シャトー・メルシャン 城の平 オルトゥス」、「シャトー・メルシャン 桔梗ヶ原メルロー シグナチャー」。

シャトー・メルシャン
https://www.chateaumercian.com/

 

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