日本庭園のようなワインとは何か。その真意を究明すべく、シャトー・メルシャンのチーフ・ワインメーカー安蔵光弘氏と、ブランドコンサルタントでありマスター・オブ・ワインの大橋健一氏が、当代一の造園家を京都嵯峨野に訊ねた。天保3年創業の植藤造園十六代目佐野藤右衛門氏である。(その1はこちら

日本の庭にはグラデーションがある

安蔵光弘(以下、安蔵) パリに滞在されていた時は、やはり庭を見て回られたんですか?

佐野藤右衛門(以下、佐野) あっちこっち見るには見たけど。みなさんご存じやと思うんですが、どう言うたらええのかな、民家の庭というのはまずないですわ。日本のような庭はね、ないんです。アパートメントちゅうのか、建物はコの字型で入り口があって中庭ですわな、ほとんどが。ちょこちょこっと木があって、ベンチを置いて、日なたでのんびりするちゅうような程度ですやろ。なんとか城とか、シャトーといわれると庭の規模はまあ大きいけど、だいたい幾何学的というか、変化のない庭ですな。いつ行っても同じ。落葉してるか緑かどっちかで、その中間がない。これはまあどっちが良い悪いやなくて、それも気候風土の違いということなんやとは思いますがね。

大橋健一(以下、大橋) 日本庭園はその中間というか、刻々と変化する四季の移ろいの美しさに特徴がある。日本の庭は動いているというのは、そういう意味ですね。

佐野 そういうことですわ。近頃の言葉ではグラデーションですか、なんやややこしい言い方しますけどな。片仮名語で言うとなんでも賢くなったような気でいる。我々の世界でもけっこうあるんです。若い者がね。グラデーションって何や、そんなもん昔から日本ではやっとるわいちゅうねん。なんでや言うたら、連れションも立ちションもずっとしてるわて(笑)。まあそれは冗談ですけど、日本の庭にはそのグラデーションがあると。日本語で言えば“ぼかし”です。日本のものには着物でも庭でもぼかしがある。そのぼかしが大事なんです。ロンドンからパリへ行くあの電車なんて言いましたかな。

安蔵 ユーロスターという特急列車ですね。

佐野 あれなんか乗ってるとずーっと野原を行くでしょう。真っ平らで、途中に川もない、山もない。そら安う出来るはずですわ。日本はそれこそ山あり谷ありやから、鉄道一本通すのも大変ですわな。川一つ山一つ越えただけで気候が変わる。たとえば同じ雪でも、京都の雪と北陸の雪はぜんぜん違う。そういう違いがわかっていないと、私らの仕事は必ず失敗します。せやからさっきも言うたように、よそで仕事するときは必ず一人はその土地の植木屋を入れるわけです。

安蔵 庭は生き物なんですね。作ったら終わりではない。完成した後もずっと人が手をかけている。歳月とともに変わって行くわけで、その変化は土地の気候風土に左右される。それをよく知っている人がいないと上手くいかない……。

大橋 ワインの熟成と似ていますね。いい方向に変化した庭は、上手く熟成したワインみたいなものかな。人の手はかかっているんだけど、自然に左右される部分が大きい。そこに難しさがあるんだけど……。

佐野 そうですね。やっぱり自然のものやから、自然にまかさんとね。そこに面白さもある。

安蔵 ワインもそうです。生の葡萄だったものが、長い寿命をもつワインに変わるのが面白い。何年か前に自分が仕込んだものが、何度も飲めて変化を感じられるのが面白い。10年経って、20年経っても飲める。それが面白いですね。

大橋 その間、ワインはずーっと変わっていくわけですからね。極端なことをいえば、毎日少しづつ変わっていく。

佐野 思った通りになっていますか。

安蔵 なっている場合もあるし、なっていない場合もあります。

佐野 ああ、やっぱりありますか。あ、しもた、と思うときも(笑)。

安蔵 逆に、あまり期待しなかったものが、すごく良くなっていることもあります。こんな熟成をするのかということが結構ある。それは嬉しいですね。

佐野 楽しいなあ、造り手っちゅうのは。

大橋 庭もやはり同じですか?

●佐野藤右衛門(さの・とうえもん) 1928年京都生まれ。天保三年創業の植藤の当主として、十六代目佐野藤右衛門を襲名。桂離宮、修学院離宮の整備や、京都迎賓館の作庭など国内有数の庭園にとどまらず、世界各国で日本庭園の施工を手がける。勲五等双光旭日章、黄綬褒章受章。ユネスコ本部からピカソ・メダル授与。桜の研究家としても知られる。

佐野 いやいや、失敗の連続ですよ(笑)。ブラジルで仕事したことがあるんですわ。金閣寺と同じようなものを造ってくれ言われて、図面書いて持って行っていろいろやってたら、向こうの人にやめてくれ言われた。なんでや言うたら、ここでそんな木の植え方したら、10年したらジャングルになるって(笑)。ああなるほどと。そやけど、その失敗が大事なんです。失敗してはじめて、ものの道理がわかってきよる。だから、失敗というのはせないかん。

安蔵 その失敗が次の糧になるわけですからね。ワインの世界では葡萄の質で9割が決まると言うんですよ。醸造は1割だと。ほぼほぼ葡萄で決まってしまう。

マニュアルで同じように出来る庭はひとつもない

佐野 なるほど。我々は、段取り8分言いまんねん。段取りが8割りできたら仕事できたみたいなもんや言うんですわ。ところがね、その段取りはマニュアルに書けないんです。現場によって、段取りの仕方はみな違う。それと四季と毎日の晴雨、それによってもうみな違うんですわ。わずか一坪の庭でも、傾斜も日当たりもそれぞれに違う。マニュアルで同じように出来る庭はひとつもない。

 

●安蔵光弘(あんぞう・みつひろ) 1995年、東京大学大学院応用生命工学専攻修士課程を修了後、メルシャンに入社。ボルドー第2大学醸造学部にてテイスティング適正資格DUAD取得。国際ワインコンクールの審査員を3回務めるなど海外でも経験を積み、2015年にシャトー・メルシャンのワイン造りを統括するチーフ・ワインメーカーに就任。

安蔵 葡萄も毎年違うんです。去年と同じ畑から採れた同じ品種の葡萄でも、今年の葡萄はまた違う。毎年初めてなんですよね。マニュアル化できない。

佐野 そうそう、そやと思いますわ。それが自然相手の仕事の奥の深さですわな。ワイン造るのも庭を造るのも同じですな。自然を理解していないとワインは造れない。ただそのワインを完全に化学合成ちゅうんですか、それでも造ることはできますやろ。

安蔵 そうですね、アルコールに各種の成分を足していけば、ワインに近いものを作ることはできます。

佐野 けども、ワイン独特の、どう言うたらええのかな、みなさんが言うところの複雑な香りと味わいとか、そういうワインの個性というものは化学合成ではできませんわな。

安蔵 できないです。

佐野 それは絶対にできひんでしょう。それは造る人のちょっとした調整やと思うんですわ。調整と言うか、マニュアルでは表せない調整の仕方。いわゆるその人の勘で、たとえば今日のこの天気やから、ひょっとするとひょっとするから、こうしとこかとか。何か手を打たれると思うんですね。

安蔵 打ちますね。

佐野 そういう勘所は、マニュアル化できませんわな。

安蔵 まさにそうなんです。よく会社から、お前の次の世代もいいワインが出来るようにマニュアルを作れと言われるんですけど、なかなか作れないんですよ。

佐野 それは発酵が自然のものやから。技術もあるとは思いますが、それだけではなくて技が要るわけでしょう。クルマの製造とは違う。クルマの製造は、マニュアルに書けますわな。それけど技は違う。

安蔵 技術はマニュアル化できるけど、技はマニュアル化できないと。

佐野 絶対できません。その人の勘と、勘だけじゃだめなんですわ、その上に感性が必要なんやね。勘である程度までのものは整えられるけど、それから先は感性なんですわ。ワインでもそうでしょう。造る人の感性で、もうちょっと渋みをつけようとか、香りをこうしようとか、具体的にはわかりませんが、何かそういう調整をしているわけでしょう。それが技です。技術と技はぜんぜん違う。そのへんがみなわかってない。技術と技とをごっちゃ混ぜにしてる。これが大きな間違いの元なんです。

●大橋健一(おおはし・けんいち) 1929年創業の酒類販売専門店「山仁」代表取締役社長。1999年、日本ソムリエ協会主催全国ワインアドバイザー選手権優勝。世界のワイン業界において最難関とされる資格、マスター・オブ・ワインを2015年に取得。2017年、シャトー・メルシャンのブランドコンサルタントに就任。

 

継承が今はもうみな途絶えていく。それでもなんとか伝えないかんわな

大橋 それも時代の流れなんでしょうか。大きな命題ですね。

佐野 それが今の問題ですわ。今は今だけですやろ。私のとこもだんだんそうなってますけど、私らの時代は、この同じ家に両親に兄弟、祖父母に叔父伯母まで、15~16人いたんです。親子三代、場合によったら四世代が一緒に暮らしていた。そうするとその中で話される話には、100年も200年も昔の人の知恵や経験も含まれるわけです。おじいやおばあは、そのまたおじいやおばあに聞いた話をするわけですから。ニホンザルの顔が赤いのは、山葡萄の汁を飲んだからなんやでとか(笑)、まあそんな話もありますが。今仰ったそういう技や感性というものは、昔はそういう家族の中で継承されていくもんやったんです。親父やおじいの仕事ぶりでも、子どもの頃から自然と目にしてましたからな。

大橋 佐野先生は全国の桜の調査研究でも有名ですが、それもお祖父様の世代から三世代続いているわけですからね。

佐野 まあ、それは好きやからやってるだけなんやけど(笑)。でも、そうなんですわ。その継承が今はもうみな途絶えていく。そういう時代なんやけど、それでもなんとか伝えないかんわな。継承しかないんやから。その人の弟子になるか、友だちになるか、あるいは一緒になるか。その状態は別としてね。一緒に仕事して、この人は今なんであんなことしてんのやろということを察知して、自分は自分なりのひとつの勘所というものを自分で養わなしょうがない。

安蔵 ほんとうにそうですね。自然とのつきあい方、その技や感性はマニュアル化できない。そのマニュアル化のできないものを、いかに積み上げて次世代に伝えるか。これは私たちワイン造りの世界でも重要な課題です。ただ最近のワインの造りというのが、昔手作業でやってた良い部分を見直して、その部分は昔に戻ろうという流れがけっこうあるんです。この40~50年はいろいろ技術の進歩はあったんですけど、振り返ってみると、大部分は効率化の進歩なんですね。よりたくさんつくれるようにとか、よりコストを下げるとか。

佐野 なるほど、なるほど。わかります。

安蔵 昔、手作業でやってたときは、効率は悪いけど、ワインの品質のためにはいいことをやっていた部分がある、ということに気がついた。これもある種の継承ではあると思うんです。私たちが畑の土にこだわるのも、そういう大きな流れのひとつなんです。効率の良さ、葡萄の収穫を上げることよりも、私たちにとってはその土地の持ち味をいかに引き出すかが大切だと考えています。

佐野 そうそう。それが大事です。庭も結局そこなんです。

安蔵 たとえば今日お持ちしたこの2本のワインは、長野県の同じ川の右岸と左岸でそれぞれ育った葡萄を使っています。どちらも葡萄はシャルドネという品種で、育て方も同じ。畑の標高と、土壌のタイプが違う。右岸は日本には珍しい岩石が混じった砂利質。左岸は粘土質。その違いなんですが、味も香りもずいぶん違うんです。もし良かったら、少しお試しいただけませんか?

佐野 さっきも言ったように、わしはワインの香りはようわからんのやけど。脂粉の香りはようわかるんですがね。花粉症やのうて脂粉症(笑)。それでもせっかくやから、ちょっとだけ試させてもらいますか……。

佐野 このワインの方が強く感じますな。

安蔵 アルコール度数はほぼ一緒なんです。これは標高の高い右岸の砂利質の土壌で出来た葡萄で、酸味を感じると思うんです。

佐野 それで強く感じるわけやね。こっちはまろやかというか。

安蔵 こちらは左岸の粘土質の土壌で育った葡萄です。樽の香りが出ているかもしれません。バニラっぽい香りというか。

佐野 ああ、なるほど。これが樫の樽の香りですか。

安蔵 風土の違いで、ワインの個性はこんなに変わるんです。

佐野 ほんまやねえ。しかし、旨いもんですな。ところで、このワインは祇園やったらどこの店に置いてます?(笑)

佐野さんが試飲した「シャトー・メルシャン 北信左岸シャルドネ リヴァリス」(写真左)と「シャトー・メルシャン 北信右岸シャルドネ リヴァリス」(右)。長野県を流れる千曲川の左岸地区と右岸地区、その土地の個性の違いを味わえる。

 

シャトー・メルシャン
https://www.chateaumercian.com/

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マリアージュディナーでは、チーフ・ワインメーカーの安蔵光弘がワインや料理とのマリアージュなど詳しく解説いたします。

【開催日時】
2020年3月28日(土)~29日(日)1泊2食付き

【募集人数】
24名様(先着順)
※定員に達し次第お申込みを締め切らせていただきます
※20歳未満の方はご参加いただけません(同伴者様含む)

【開催場所】
柊家
〒604-8094 京都府京都市中京区麩屋町姉小路上ル中白山町

【参加料金(お一人様、サービス料込み、消費税別及び京都市宿泊税別)】
※お部屋により料金が異なります。(先着順)詳細は柊家までお問い合わせください。

詳細はこちら:http://club.chateaumercian.com/article/fun/topics/724/

 

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