取材・文/鳥海美奈子
山梨県甲州市勝沼には、約30ものワイナリーがあります。勝沼はもともと生食用ブドウの生産地だったことから、全国でもいち早く産業としてワイン造りに取り組んできました。その歴史は古く、始まりは明治時代のこと。国の近代化を図りたい明治政府が、殖産興業の一環として奨励したのです。
以来、日本の伝統的ワイン産地として生産者は切磋琢磨しながら、ワイン造りを続けてきました。そのひとつ「勝沼ワイナリーズクラブ」は錦城葡萄酒、白百合醸造、蒼龍葡萄酒、シャトー・メルシャン、中央葡萄酒、原茂ワイン、丸藤葡萄酒工業、くらむぼんワインの8社で形成されています。
今春、その「勝沼ワイナリーズクラブ」の試飲会が開催されました。そのなかでも、今回は甲州という日本固有のブドウ品種に注目しました。
甲州は勝沼でワイン造りが始まった当初から用いられたブドウ品種であり、甲州はまさに勝沼の、ひいては日本ワインの原点ともいえます。その甲州の現在を見ることは、日本ワインの現在を知ることにも繋がります。
勝沼では長年、甲州は甘口のお土産用ワインとして造られてきた歴史があります。しかし、90年代に生産者のあいだで意識改革が起き、辛口が広まります。そして21世紀に入ってからは、ブドウ栽培や醸造法について研究することで、さらに味わいを向上させてきました。
シャトー・メルシャンのチーフ・ワインメーカー安蔵光弘さんはこう語ります。
「今から20~30年前は、ブドウ品種といえば甲州しかありませんでした。甲州は本来は繊細で、糖度もそれほど上がらない特徴がありますが、その甲州で海外のシャルドネと同じようなスタイルのワインを造ろうとした。だから樽を使って醸造し、バニラやココナッツの香りをつけたのです。でもそうすると樽の香りに負けてしまい、ブドウの個性は見えにくくなります。その反省を経て、今は樽はそれほど使わず、より甲州の持ち味を生かしたワインを造ろうという流れがあります」
中央葡萄酒は、1923年創業の老舗ワイナリーのひとつです。現在、4代目当主の三沢茂計さんは2004年から「甲州ワインプロジェクト」を立ち上げて、ボルドー大学醸造学部の教授であり、白ワイン醸造の世界的権威でもあった故ドゥニ・ドゥブルデュー氏をコンサルタントに迎えるなど、甲州ワインの先端を走ってきました。
「甲州というブドウ品種はピンクがかっていて、香りのボリュームが少なく、酸味も少なく、雑味が多い。そのためブドウの収穫量を落として、より良質なものを栽培する必要があります。醸造に関しては研究を重ねた結果、シュール・リーという方法を取ることにした。それにより、ふくよかさをワインに加味することができるようになりました」
シュール・リーとはワインを澱とより長く接触させておく方法で、現在、甲州ワインの代表的な醸造法のひとつとして行われています。
丸藤葡萄酒工業の大村春夫さんは、
「山梨県で栽培されるブドウの品種のうち49%は甲州で、他のブドウ品種を遥かに引き離していまだに1位です。グローバルということを考えれば考えるほど、やはりその地にしかない個性が大事になる。私たち勝沼の人間にとっては甲州が宝であり、財産で、やはり甲州しかないのではないかとの想いを最近は強くしています」
今回は各ワイナリーの2017年と2018年の甲州ワインが比較試飲で提供されました。17年は春の芽吹きが遅く、9月下旬の収穫前に長めの雨が降り、心配されましたが、結果的には糖度も上がり、果実感のある味わいに仕上がりました。それに対して18年は繊細で、酸味も感じられます。各生産者のワインを飲み、「甲州の現在」をぜひ、実感してください。
取材・文/鳥海美奈子
2004年からフランス・