【料理をめぐる言葉の御馳走~第3回】辻静雄
「おいしければ、なお良い」
フランスでは、食卓を囲む一期一会の楽しさを、コンヴィヴィアリテと言う。
たとえ家族や親しい仲間のいない一人だけの食事でも、目の前の調理された食材のいのち、もしくは神様とともにいると考え、この世に自分ひとりだけで生きているのではないことを、卓上で確かめ合うのがコンヴィヴィアリテである。
しかも、その食事はそのとき一回限りのものである。そのときたちまち現れて、たちまちのうちに消えていってしまうものだから、会食のときは料理もおしゃべりも大切にしよう、というのが辻静雄の信念だった。
彼は「会食の至福」と名づけられたエッセイに、つぎのように記している。
「料理というのは、そういう会話の媒介だと思うのです。会話、つまり人間ですね、やっぱり。そういう人と人との出会いをつなぐものが、料理なのです。
英語で言うとしたら、ブレッスィングス・オブ・カンヴァセーション、会話の祝福とでもいうのかな。仲のよい気のおけない友人と楽しむのが、料理。おいしければ、なお良い。楽しいな、一緒にいてよかったな、そう思える相手と食事することが、『本当においしい』ということです」
料理研究家にして、本物の、そして最高の料理を味わい尽くしてきた稀代のグルマンが、最後に到達したのが、「おいしければ、なお良い」だった。
わたしにとっては、これが辻静雄の遺言に思えて仕方がない。