文/酒寄美智子

昭和28年のテレビ本放送スタートから60余年。日本のテレビジョン発展の陰には、時代をけん引したテレビ人たちがいました。

かつて雑誌『テレビサライ』で平成14年秋からの1年間に連載したインタビュー企画「私とテレビ」を文庫化した『昭和のテレビ王』(小学館文庫)から、テレビ人たちの思いをご紹介してきた本稿。締めくくりは、日本の女性像、家族像をテレビドラマに投影し続ける御年92歳の現役脚本家・橋田壽賀子さんの言葉をご紹介します。

■1:「私はそのとき、テレビと心中してもいいと思ったんです」

大正14年に生まれ、映画会社・松竹の脚本部初の女性社員としてそのキャリアをスタートさせた橋田さん。しかし現実は男尊女卑の世界で、回ってくる仕事といえばお茶汲み、お酌…。

「たまにおこぼれみたいに、脚本書かせてもらうでしょ。だけど試写室で映画を見ると、私が書いたセリフなんて1行もないの」(本書より)

そんな状況に見切りをつけてフリーに転身。原稿をテレビ局に持ち込んでは門前払いされる不遇の時代を経て、ドラマ「夫婦百景」(昭和33年)でテレビドラマの脚本家デビューを果たしたのが33歳のときでした。

「初めてテレビで自分の脚本が絵になったときは、うれしいというより感動しました。だってセリフがね、一言一句、変わってない。私の書いたセリフを、俳優さんがそのまんま言ってるの。それで、こんな素晴らしい世界があったのだと感動しました。でも当時は、まだテレビの草創期で、映画からテレビへ行くのは、すごい堕落だと言われたんですよ。“武士は食わねど高楊枝”で、絶対テレビに書かないという人が多かったの。でも私はそのとき、テレビの世界で仕事をしよう。テレビと心中してもいいと思ったんです」(本書より)

これをきっかけに、当時まだ職業脚本家たちが二の足を踏んでいた新しいメディア・テレビドラマの世界へと漕ぎだした橋田さん。昭和39年からはTBSプロデューサー・石井ふく子さんとの名コンビで、次々とヒットを飛ばしていきました。

■2:「『渡る世間は鬼ばかり』は時代が書かせてくれたんです」

NHK連続テレビ小説4作品、NHK大河ドラマ3作品を含む、数々の国民的ドラマを生み出してきた橋田さん。その中でも「おしん」(昭和58年)と並ぶ代名詞的作品が、石井ふく子プロデューサーとのコンビでつくったドラマ「渡る世間は鬼ばかり」(TBS系)です。

平成2年に第1シリーズがスタートして以来、1年間放送のレギュラーシリーズが10回。その後もスぺシャルドラマが何度も制作されている「渡る世間は鬼ばかり」。ことし‘17年にも新作が制作されることが決まっています。

橋田さんはこの作品で、じつに四半世紀以上にわたり、五月(泉ピン子)ら岡倉家5人姉妹それぞれの夫婦関係や嫁姑関係、親子関係などの家庭事情を時事問題も交えて丹念に描いてきました。そんな国民的作品について、橋田さんは平成15年当時のインタビューでこんなことを明かしています。

「(“もう書くことがない”と)毎日、思ってますよ。私、そういうとき、ハトが出ない、ハトが出ないって言うんです。そう、手品みたいにハトが。でもハトの頭ぐらいは出したいから、新聞の投稿欄を綿密に見ています。今の若い人は、こんなことで悩んでいるのか、主婦にはこういう苦労があるのかって。それでバブル崩壊とか銀行救済問題、リストラ、教育の問題も『渡る世間は鬼ばかり』では、そのつど取り上げてきました。だから、あのドラマは、時代が書かせてくれたんです」(本書より)

長年にわたって日本の家族像を描いてきた橋田さんにとって、テレビは決して“ゼロ”から何かをつくり出す道具ではありません。もともとそこにあるけれど見過ごしてしまいがちな、ひとりひとりの地道な暮らしを投影する媒体です。

その証拠に、橋田さんはこうも語っています。

「テレビというのは、一番メッセージが届く媒体なんですよ。それで私が言うことがあるとすれば、デジタルとか機械にお金をかけるのもいいけれど、それと同じくらい、人間を育てることにもお金と労力をかけないと、テレビはだんだん衰退すると思うんですよ。やはり、テレビは社会を映す鏡なんですから」(本書より)

*  *  *

ここまで、『日本のテレビ王』から永六輔さん萩本欽一さん長嶋茂雄さん石坂浩二さん、そして橋田壽賀子さんの言葉をご紹介してきました。「テレビ」の今を作ってきたのは紛れもなく、彼らをはじめとする“テレビ王”たちです。

彼らにとっての「テレビとは」にそれぞれの答えがあるのと同じように、私たち一人ひとりにとっても、それぞれの答えがあります。テレビはそれほど、私たちの生活になくてはならないものになっています。

本書にはこのほか、俳優の藤田まことさん、女優の森光子さん、脚本家の山田太一さんら総勢11名のテレビ王たちの言葉がつづられています。本書を手に、いま一度、テレビとともにあったこの国の60余年に思いを馳せてみるのも一興ではないでしょうか。

【参考書籍】
『昭和のテレビ王』
(サライ編集部編、本体490円+税、小学館文庫)
https://www.shogakukan.co.jp/books/09406401

文/酒寄美智子

 

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