文/印南敦史

朝、目を覚まして雑事をすませたら、ハンドドリップでコーヒーを淹れる。その作業が面倒でコーヒーメーカーに頼ったこともあったのだが、結局はまた自分で淹れるようになった。気のせいかもしれないが、そうやって手間をかけて淹れた一杯のほうがおいしく感じるからだ。

ちなみに豆はもう20年以上、東京都下の三鷹にあるスペシャルティコーヒー専門店で購入している。これまた気のせいかもしれないのだが、しかしどう考えても有名なチェーン店のコーヒーよりも奥深く味がいいのである。だから、当時はまだ小学生だった息子が20代後半になったいまもなお、おつきあいが続いているのだ。

とはいえ、心のどこかに長らく引っかかっていたこともあった。当然のように「スペシャルティコーヒー」ということばを使い続けてきた私は、じつのところその意味を理解していないのではないかということである。舌が味を記憶しているのだから問題はないのだけれども、なんとなく、大切なものを置き忘れたままにしているような気分だったのだ。

だが、あるとき出会った『教養としてのコーヒー』(井崎英典 著、SBクリエイティブ)という書籍が、そんなモヤモヤを解消してくれた。

ちなみに話は飛ぶが、ウィスキーからテーブルマナーまで、「教養としての」という冠のついたタイトルは昨今の流行である。だから最初は、「また“教養としての”か……」とさほど関心を持てなかったのだ。

ところがページを開いてみると、「第15代バリスタ・チャンピオン」との経歴を持つ著者によるこの本がなかなかおもしろい。コーヒーの歴史からビジネスとしての側面までがわかりやすく解説されているからだ。しかも、気になっていた「スペシャルティコーヒー」について、相応のページ数が割かれていた。

だから無理なく、それどころか興味深く読み進めることができたのである。

現在、コーヒーは一般的に、大量生産型の「コモディティコーヒー」、生産地や農園などの情報がトレースできる、比較的品質の高い「プレミアムコーヒー」、そして風味、味わいがよく、農園での栽培から抽出まで徹底した品質管理が行われている最上級の「スペシャルティコーヒー」の3つに分類される。

なお、近年とても注目されているというスペシャルティコーヒーの定義については、やや曖昧な部分もあるようだ。そこで著者はここで、「日本スペシャルティコーヒー協会(SCAJ)」の定義を紹介している。

消費者(コーヒーを飲む人)の手に持つカップの中のコーヒーの液体の風味が素晴らしい美味しさであり、消費者が美味しいと評価して満足するコーヒーであること。(本書139ページより)

定義と呼ぶには曖昧すぎる気もするが、判定の尺度として挙げられている7項目(要約)を確認してみれば、輪郭はくっきりとしてくるようにも思える。

1:カップ・クオリティのきれいさ
テロワール(栽培地域の特性)が表現されるためには、汚れや欠点による雑味がないことが大切。

2:甘さ
コーヒーチェリーが熟しており、その熟度が均一であることで甘みを感じられる。甘味は、単純に糖度だけでなく、苦みや酸味との兼ね合いなどほかの要素も含む。

3:良質の酸味
明るくさわやかな、繊細な酸味があること。逆に不快な印象の酸味、劣化した嫌な酸味はあってはならない。

4:質感
コーヒーを口に含んだときの質感のよさ。舌触りのなめらかさや密度、濃さ、重さなどから判断する。

5:特徴的な風味
スペシャルティコーヒーと一般のコーヒーを区別するもっとも重要な項目。栽培から抽出まですべての段階が理想的に行われれば、テロワールが表現されているはず。香りや味わいに、テロワールが感じられることが大切。

6:後味の印象度
コーヒーを飲みこんだ後に残るものが甘みか、刺激的な嫌な感覚なのかといった印象を判定する。

7:バランス
風味に突出しているもの、逆に不足しているものがないか、総合的なバランスがとれているかどうかを判定。
(以上、本書140〜142ページより)

つまりはコーヒーの品質を個人の好みではなく、なるべく客観的に判定できるように尺度を設けているわけだ。また2021年には、スペシャルティコーヒー協会(SCA)が、「Towards a Definition of Specialty Coffee」というホワイトペーパーを発行し、曖昧だったスペシャルティコーヒーの定義を、品質のみならず、その属性や社会的文脈を検討しつつ再定義しようとしたのだという。本書に抜き出されているその結論を確認してみよう。

スペシャルティコーヒーとは、明確な特性によって認知されるコーヒー、もしくはコーヒー体験を指し、それらの特性によってマーケットにおいて重大な価値を持つ。(日本語訳は筆者による)(本書143ページより)

さらに曖昧になっているようにも思えるが、コーヒーの品質という内的要素のみならず、「どんな体験が得られるのか」「どんな価値を持つのか」といった外的要素も定義に含めようとしている姿勢が重要なのだと著者は指摘している。

いわばコーヒーは、QOL(Quality of Life=生活の質)を高めてくれるということになるのだろう。それは、充分に納得できることだ。

『教養としてのコーヒー』
井崎英典 著
SBクリエイティブ

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文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)『書評の仕事』 (ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』( ‎PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。

 

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