文/鈴木拓也

ある著名な食通によれば、かつカレーの肉は、「右から2番目」を最初に食べるのがいいという。
肉と脂のバランスのよい左から3番目あたりだと、「カレーが加わることでこの部分の旨味が強くなってしまい、最初の一口としてはインパクトが強すぎます」と、その人は語る。ちなみに、右端だと衣の割合が多いので、それにはカレーをかけておき、衣にカレーが染み渡った最後に食べるべきだそうで。
こうした細かいウンチクを、著書『極上ひとりメシ』で展開する食通とは、雑誌「dancyu」編集長の植野広生さん。
本書は、植野さんが雑誌編集の現場で培った縦横無尽な発想と、美味しさを極めんとする志の詰まった1冊だ。今回は、この書籍を紐解いてみよう。

アジフライをもっと美味しく食べるには

書名にあるとおり、本書の大きなテーマは、1人でする外食をいかに楽しむか。
気のおけない人との会食もそれはそれで楽しいが、おひとりさまならではの楽しみ方もあるという。
その一例が、冒頭のかつカレーのような独特の食作法。「同じ料理でも食べ方によって味わいがまったく違ってくる」そうで、少々細かい手順や決まりさえ守れば、いつもの料理がずっと美味になる。
例をもう一つ挙げると、アジフライ。

ほとんどの人は、アジフライの「三角形の底辺」(尾びれの反対側)から始めて、尾びれに向かって食べていくだろう。
しかし、これだと脂ののっている腹側から食べ始めることになり、「一口目にピーク」が来てしまう。では、どうするかというと…

そこで、まずは三角形の真ん中に箸を入れ、二つに分けます。で、片方(A)の尾びれ側から腹側へ向かって食べ、次いでもう片方(B)の腹側から尾びれ側へ向けて食べます。これで、理想的な流れになります。(本書34pより)

植野さんの解説はこれで終わらない。一口目は調味料なしで、二口目は塩、三口目は醤油で味わいを変化させる云々などと続く。

確かにこれは、仲間と談笑しながらでは、気が散ってなかなかできない。まさにひとりメシならではの食べ方と言えそうだ。

常連の店を持つべき理由

植野さんは、食べ方だけでなく「店に大切な客」と思われることも、より美味しく食べるための重要なポイントだと語る。
それには、「常連」になるのが王道。気に入った店を発見したら、足繫く通うことだという。店側からしたら「すごく気に入ってくれたのだ」と喜んで、「今日はチャーシュー1枚おまけだよ」などと、ちょっとした特典を提供してくれるだろうし、こちらからの「わがまま」がきくようにもなる。「わがまま」というのは、「大切な人をお連れするので、ちょっといい肉を出してください」といった感じのリクエストが、通りやすくなるという意味だ。
また、常連となった店とは「お互いを高めあう」ことも大事だと、植野さん。例えば、味に気にかかる点があるとか、器がちょっと汚れている、あるいはサービススタッフの対応に問題ありなどは、しっかり指摘する。ただし、それにもコツがある。

僕は、気づいた点があったときには、帰り際に他の客やスタッフに聞こえないように、主人にそっと伝えるようにしています。あるいは、SNSなどでつながっている場合には、家に帰ってからメッセージなどを送ります。「今日はとても美味しかったけれど、ひとつだけ、お椀の柚子の香りが少し強いのが気になりました。せっかくの素晴らしい料理が、それだけのことで印象を損なうのがとてももったいないと思います」といった感じ(本書59pより)

植野さんの知人に、食事の席でストレートな物言いで店の問題点を指摘する人がいて、後日「あの人にはもう来てほしくない」と言われたという。これだと、たとえ常連であっても、「店の大切な客」ではなくなるので注意したい。

「いい店」かは調味料入れの数でわかる

そもそも常連として通いたくなる店を見つけるには、何かコツがあるのだろうか?
植野さんはこの点について1章かけて論じているが、重要なのは「顔」、「メニュー」、「調味料入れ」だという。
「顔」とは、「店の顔」、「人の顔」、「客の顔」の3つの要素を指す。
「店の顔」は、店舗の外観のことで、たとえ建物は古くても掃除・片付けが行き届いているか。「テレビで紹介されました」「名物〇〇丼」というような情報がべたべたと貼られていないかなどをチェックする。
「人の顔」の「人」とは、店の料理人やサービススタッフ。「いかにも美味しいものをつくってくれそうな顔の人が温かく迎えて」くれるかどうか。それだけでなく、(オープンキッチンなら)料理しながらでも客の雰囲気や食事の進み具合を見ているか、サービススタッフなら呼ばれたらすぐ行けるかなども見る。
「客の顔」とは、ほかの来店者。料理はもちろん、店の雰囲気や居心地に満足していれば、楽しそうな顔をするもの。であれば、そこはいい店という客観的な証拠になる。さらに、店を出たときの表情にも注意したい。本音が、そこであらわになるからだ。

店の中でとても満足した、と思っていても、店の外に出た瞬間に「ふうっ」と溜息をついてしまうことがあります。これは楽しかったけどちょっと緊張していた、美味しかったけど量が多くて食べ過ぎた、などちょっとした気疲れが出るのです。本当に満足したのであれば、店の外に出たときも笑顔が続くはずです。(本書117~118pより)

そして、「メニュー」。見るだけで楽しくなるようなメニューがある店は、いい店と思って間違いないそう。ただし、品数は多ければよいというものではなく、「適度な選択肢」があることが大事だとも。
植野さんらしい着眼点は、メニューの内容の構成比。居酒屋なら、「食べたい」(=定番)「そういえば食べたかった」「なんだろう食べてみようか」の比率が5:4:1の割合で載っているのが理想だそうで。

最後の「調味料入れ」とは、各客席に常備されている醤油やタバスコなどのこと。これが少ないほど、実はいい店である確率は増すとか。逆にそれが多い店は、「この味を食べてほしい」という店主の思いが弱いと説く。例えばラーメン店に行って、塩、にんにく、胡麻、からしまであると「この店の味は大丈夫か」と、植野さんは心配になるという。

*  *  *

本書は、もともとひとりメシに馴染んでいる人にも、「たまに」という人にも、新たな発見が満ちていて、とても楽しい。マニアックなところもあるが、自己満足で終わらず、食事の席で人をもてなす(あるいは単にウンチクを肴にする)際にも応用できそうだ。ひとりメシに多少とも関心があれば、一読をすすめたい。

【今日のグルメな1冊】

『極上ひとりメシ』
植野広生著
本体860円+税
ポプラ社

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文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は散歩で、関西の神社仏閣を巡り歩いたり、南国の海辺をひたすら散策するなど、方々に出没している。

 

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