文/倉田大輔
2018年に日本から海外に旅をした「海外旅行客は18,954,031人(法務省発表)」で、過去最高を記録しています。訪日外国人観光客数3,119万人に比べれば少ないとは言っても、東京都の人口(約1,400万人)よりもはるかに多い人数です。
近年では、海外旅行で標高の高い場所に旅をする日本人が増えています。海外渡航外来を行う医師の立場から、「高山病」の中でも頻度が高い「山酔い」についてご紹介します。
・世界の観光地の標高はどれくらい?
私が実際に外来で使用している「世界の観光地の標高」をご覧下さい。
富士山は山頂3776m、5合目2400mです。
世界的な観光地である、クスコ・マチュピチュ遺跡(ペルー)は、それぞれ3400m・2400m、ラパス・ウユニ塩湖(ボリビア)」は、それぞれ3600m・3650mです。いずれもフォトジェニックな絶景や世界遺産から人気が高く、周遊するツアーも多い旅行先です。
・高山病は、登山だけで起きるのか?
一般的に「高山病は、エベレストや富士山など高い山への登山で起きる病気」とイメージするかもしれません。医学的には、標高2000m以上(70歳以上の方などでは標高1500m以上)の場所で発生する酸素不足が招くトラブルの総称が「高山病」です。
標高が高くなると気圧が下がり、大気中の酸素が少なくなりますが、その環境に適応し始めるのが標高1500~2000mです。酸素が少ないから「高山病」になるのではなく、酸素が少ないことに身体が慣れていない(身体の適応力が発揮される前に標高を上げ過ぎてしまう)ことから発症します。飛行機を使い、一気に標高が高い場所に到達する旅は、「高山病」に特に気を付ける必要があります。
登山やトレッキング目的で海外に行かれる方は、日本国内でも日常的に山に親しんでいて、「高山病」の知識を持っている方が多いです。
ところが、ウユニ塩湖やマチュピチュ遺跡などの海外に行く旅行者は、山に登る目的ではなく、「たまたま行きたい観光地が高地だった」という方も多いように感じます。
・二日酔いに似ている? 山酔いとは何か?
「高山病」の中で最も頻度が高いのが「山酔い」です。高地では酸素が薄くなって、酸素の取り込みを増やそうと呼吸数が増加することが原因とされていますが、現在でも解明されていないことも実は多いのです。
「頭痛」があることに加え、「吐き気や食欲低下、だるさ、めまいや立ちくらみ、睡眠障害(寝つきが悪い、睡眠中に起きるなど)」がある時「山酔い」と診断されます。
このように、医学書には記載されていますが、実際に罹った人からは「二日酔い?枕や布団が違うせい?風邪のひきはじめかと思った」という声も聞かれます。
「山酔い」だけで命に関わることはありませんが、非常に辛いので旅を楽しめない可能性、つまり「より重篤な高山病(高地脳浮腫、高地肺水腫)」の前兆として起こることもあります。
症状が出た時は、無理な行動は控えて、十分な休息をとることが良いでしょう。
・安心な団体旅行でも気を付けたいこと?
最近の海外旅行は、旅行会社の添乗員が団体を連れて行く(団体旅行)のではなく、個人で飛行機やホテルを予約する(個人旅行)のを選ぶ方が増えています。
ペルーやボリビアといった中南米への旅行では、治安の心配や現地交通機関(鉄道・バス・セスナ飛行機)の手配が煩雑なため、団体ツアー旅行を選ぶ人が多いようです。
団体ツアー旅行は慣れない環境で、周囲も知らない人に囲まれているので、ストレスも大きく、体調を崩すこともあります。休みたくても団体行動を乱してはいけないと、体調不良を言い出せず、無理を重ねてしまう人もいます。
時差が激しいことや飛行機を含む移動時間が長いので、どうしても身体が疲れやすい旅になり、「山酔い(高山病)」も起こりやすくなります。
・活用したい高山病の予防薬とは?
私は海外渡航外来を行っているので、国際標準の高山病のお薬「ダイアモックス(R)(一般名:Acetazolamide)」を処方しています。「ダイアモックス(R)」は、脳の低酸素状態を改善させ、呼吸回数を増やす作用で「高山病」を予防します。この「ダイアモックス」は予防目的の薬なので、健康保険は適応されません。海外渡航を行う外来や登山外来など専門の医療機関を受診して処方してもらう必要があります。
診察時に持病やアレルギー、「旅程表・行程表」などを確認していますが、同時に「旅行会社から高山病への注意喚起がされているか」を受診者に聞きます。ところが「旅行会社の担当者に旅先や高山病の知識が少ないのではないか?」と感じることも、“時々”あります。
添乗員や現地ガイドが、写真のような「パルスオキシメーター」という体内の酸素状態を調べる機器を準備している旅行会社やツアーもありますが、旅行される方自身が出発前から出来る対策を行うことも非常に重要です。
・1人1人が行える山酔い(高山病)対策とは?
山酔いを予防するためには、「(1)アルコール(2)食べ過ぎ(3)寝不足」が禁物です。
アルコールは、脱水を進行させ症状を悪化させることや酔いが症状を隠してしまう可能性があります。満腹になるほど食べ過ぎると、胃腸など消化器に流れる血液が増える代わりに、脳に行く酸素量が減るので症状がひどくなることもあります。
持病がある方や高地に行き慣れない方は、高山病に関する知識が豊富な医療機関に相談することを“強く”お勧めします。お薬の飲み方は旅行スケジュールと関係するので、予定が決まったら早めに相談すると良いでしょう。
アンデス地方では、高山病予防として微量のコカインを含む「コカ茶(マテデコカ)」を飲む習慣があり、旅行者にも勧められることがありますが、「高山病」への医学的な効果ははっきりしていません。ペルー・ボリビア両国ではコカ茶(お茶)としての飲用は合法ですが、ティーバックなどお土産として国外に持ち出すと厳罰に処罰される可能性があります。
標高が高い観光地は、現地到着までに乗り継ぎが必要だったり、日本からのアクセスが悪く、旅行日数が10~14日程度必要、旅行費用も高額なことから、頻繁に行くことは難しいかもしれません。読者の方々には、山酔い(高山病)対策をしっかり行って、楽しい旅をして頂きたいと思います。
文/倉田大輔
池袋さくらクリニック院長。日本抗加齢医学会 専門医、日本旅行医学会 認定医、日本温泉気候物理学会 温泉療法医、海洋安全医学・ヘルスツーリズム研究者、経営学修士(明治大学大学院経営学研究科)
2001年 日本大学医学部卒業後、形成外科・救急医療などを研鑚。
2006年 東京都保健医療公社(旧都立)大久保病院にて、
公的病院初の『若返り・アンチエイジング外来』を設立。
2007年 若返り医療や海外渡航医療を行う『池袋さくらクリニック』を開院。
「お肌や身体のアンチエイジング、歴史と健康」など講演活動、テレビやラジオ、雑誌などへのメディアに出演している。
医学的見地から『海上保安庁』海の安全啓発への執筆協力、「医学や健康・美容の視点」から地域資源を紹介する『人生に効く“美・食・宿”<国際観光施設協会>』を連載。自ら現場に赴き、取材執筆する医師。
東京商工会議所青年部理事
東京商工会議所 健康づくりスポーツ振興委員会委員
東京商工会議所 豊島支部観光分科会評議員
【クリニック情報】
池袋さくらクリニック
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住所 東京都豊島区東池袋1-25-17-6F
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