文/晏生莉衣

愛情表現と家族観|家族に「アイラブユー」と言いますか?

ラグビーワールドカップ、東京オリンピック・パラリンピックと、世界中から多くの外国人が日本を訪れる機会が続きます。楽しく有意義な国際交流が行われるよう願いを込めて、異文化理解を深めるための教養のエッセンスを――

* * *

家族を大切にするのはどこの国でも同じ。でも日本人の家族の愛情表現は、外国人から見るとよそよそしく思えることがあるようです。

家族同士でハグする、“I love you.”と言い合うのは欧米社会では当たり前。日本でも欧米文化の影響を受けて、「ハグする」ことは、若い人たちの間などで浸透するようになってきました。でも、例えば家族が帰省して再会したり、別れを惜しんだりする時、日本では、家族同士で抱き合う姿より、手を振って挨拶を交わす光景のほうが今でも一般的ではないでしょうか。ましてや、家族同士でしょっちゅう「愛してる」なんて言い合っていたら、日本では、なんだか変な感じがするという人もいるでしょう。

日本の家族は「愛している」と言い合わないから家族愛が欧米の家族ほど深くないなんていうことはまったくないですし、欧米文化をまねて「愛している」と言い合う家族像を無理して追い求める必要もないのです。これはマナーやルールではなく、文化の違いです。どちらがいい悪いというものではありません。

ただし、異文化における家族のあり方の多様性を理解して、その家族観の違いを受け入れることは、外国人と交流する上ではとても大切です。たとえば、あなたの家族がホストファミリーとなって、外国人を家庭に受け入れたと想像してみてください。ホームスティ中にその方の家族の話を聞いたときに、日本人の家族観からすると理解できないようなことや驚くようなことがあったとしても、「それはおかしいよ」などとすぐに批判するのは慎むべきです。

愛情表現については日本人はまだまだシャイな人が多いですし、慣れていないこともあって、ホストファミリーになっても、「ここでは多分、欧米ではハグする場面なんだろうけど、どうしよう」なんて迷ってしまうかもしれません。そんな時は、思い切って、“Shall we hug?”と自分から相手に声をかけてみましょう。もっと簡単に、“Hug?”と言って、両手を広げるジェスチャーをしてみてもいいです。相手はきっと、家族に一員として接してもらえたと、うれしく感じてくれることでしょう。お辞儀よりずっと親近感が生まれて、相手との距離が近くなるはずです。

ただし、ハグする文化のない国、女性は他人と触れ合うのを禁じられている国もありますから、そうした文化をリスペクトすることも大切です。“Hug?”とまず相手に聞くのは、相手に意思確認することにもなります。ハグする文化のない国から来た人でも、国際交流の場でハグするのには慣れているなんていうこともあります。ケースバイケースですから臨機応変に対応する必要がありますが、初めから日本式にお辞儀で済ませてしまうよりは、温かい歓迎の気持ちが相手に伝わってよいと思います。

アメリカの家庭では、“I love you.” 以外にも、

“I am proud of her (my daughter)” 

“I am proud of him (my son)”

 と、親が自分の子どもについてこんなふうに話すこともよくあります。特に子ども成長してなにか意味のあることを成し遂げた時などに、「そんな娘や息子のことをとても誇りに思っている」と、率直に話すのです。謙遜が美徳とされる日本では自分の子どもについてそんなふうに自慢げに語るのはためらわれるかもしれません。でも、これは、自慢というよりはリスペクトを示す表現なのです。このように、自分の子どもであっても、成年に達したら一人の人間として接しようとするのがアメリカでは一般的な親子関係です。

そうした親子関係なので、子どもは高校を卒業したら、大学に進学するにしても仕事に就くにしても、独立して親元を離れるのは当たり前ですし、大学の学費は基本的に親は出しません。子どもは奨学金をもらえる大学を探すなり、自分でローンを組んでお金を借りるなりして自分で学費を払います。学費を自分で苦労して払うのですから、大学の授業は休むことなく真剣に勉強します。私はアメリカの二つの大学院で学びましたが、図書館で深夜まで多くの学生が真剣に勉強しているのに、いつも感心していました。

結婚を決める時も、日本ではよくあるように、「お嬢さんをください」、「この男性(ひと)と結婚するのを許して」と自分の親や相手の親に許可を求めるということは、まずありません。親のほうも、自分がその相手をどう思おうと、子どもの意志や選択を尊重して祝福するのが普通です。大切な家族でも個を重んじるのがアメリカ流です。

もちろん、これはあくまでも典型的な家族としての話です。I love you やハグが家族で飛び交うアメリカでも、仲の良い家族ばかりではありません。いつもいがみあっているような家族もあれば、疎遠になる親子もいます。夫婦間についても、離婚率はむしろ日本よりアメリカのほうがずっと高いですが、これも、個を重んじる故ということもあるでしょう。

家族観や愛情表現が違っても、家族の存在が励みであったり、逆にストレスの種になったりと悲喜こもごもとなるのは、世界共通、人類共通なのかもしれません。

文・晏生莉衣(あんじょうまりい)
東京生まれ。コロンビア大学博士課程修了。教育学博士。二十年以上にわたり、海外で研究調査や国際協力活動に従事後、現在は日本人の国際コンピテンシー向上に関するアドバイザリーや平和構築・紛争解決の研究を行っている。

 

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