文/ギュルソユ慈(トルクメニスタン在住ライター)
「地上の楽園」「天国のような」と形容される場所は数あれど、今回ご紹介するのはなんと「地獄のような」場所である。
この「地獄への門」という恐ろしい異名を持つスポットは、中央アジアのトルクメニスタンにある。
トルクメニスタンと言われても、ピンと来るという方は少ないだろう。無理もない。何しろ“旅行者が最も訪れない国”というランキングが行われれば必ず10位内にエントリーするほど、知られているとは言えない国だ。
砂漠から産出される天然ガスがもたらす莫大な利益を守るため、政府は人やモノの出入りにやや厳しい姿勢を取っている。そのため知られざる国というイメージを持たれることとなり、「最後の秘境」「未知の国」「謎の国」などの枕詞をほしいままにしている。
「地獄の門」は、そんなトルクメニスタンの中央、国土のほとんどを占めるカラクム砂漠のど真ん中に存在している。
首都のアシガバットから、砂漠をつき切るように敷かれた幹線道路を3時間ほど北へひた走る。道中の景色は行けども行けども砂漠だ。途中にポツポツと集落があったり、放し飼いのラクダの群れが歩いて行ったりする他は、ただひたすら薄茶色の隆起を眺め続けることになる。
そんな景色をすっかり見飽きた頃、車は突然、舗装された道路を外れ、砂漠の中へと入る。そして、深い轍を砂に刻みながら奥へと進む。
方角も左右もわからない砂漠をしばらく進むと、地平線の向こうに、沈みきる直前の夕日のような明かりが見えてくる。それが地獄の門だ。
「地獄の門」は、地面にぽっかりと口を開けた巨大なクレーターだ。その窪みの奥では、灼熱の炎が怪しい光を放ちながらメラメラと燃え盛っている。
クレーターの大きさは、直径70m、深さ30m。その深淵を覗き込もうと近づくと、まず驚かされるのはその音と熱さだ。身を焼き尽くしそうに熱い熱風が、ボウボウ、ゴウゴウと唸りながら激しく吹き上げてくる。顔の皮膚が焦げそうになりつつ覗き込めば、クレーターのそこかしこでマグマのような色をした炎が燃えている。鼻につくのは石油のような癖のある匂い。
宵闇の中で見るそれは、まさに古今東西で人類が恐れと共に描いてきた地獄の業火そのものだ。こんな光景を目の前にすれば、誰もが心の中でこう呟いてしまうだろう。もしも地獄があるならば、罪を犯した人間はこんな中に放りこまれるのだろうか……、と。
クレーターの端に立つ足が思わず一歩後退したのは、熱風に耐えかねたせいだけではないはずだ。
業火の正体は、世界第4位の埋蔵量を誇る天然ガスだ。「地獄の門」出現の経緯については諸説あるが、最も有力なのは、70年代に行われた地質調査の際、地中のガス溜まりに気づかず調査機器を乗せたところ落盤してしまったという説だ。漏れ出したガスの放出を防ぐため致し方なく火をつけると、ガスは尽きることなく燃え続け、今日まで地獄の様を呈することになったのだという。
危険な香りのする場所ではあるが、トルクメニスタンに来たほとんどの外国人はこの場所を訪れる。
「地獄の門」のオススメの楽しみ方は、そこで一夜を過ごし、時間とともに移り変わる風景とのコントラストを味わうことだ。
明るいうちは広大な砂漠とクレーターの対比を楽しむ。近くの丘に登って写真を撮ってみるのもいい。真っ赤な夕日が砂漠に沈むのを眺めた後は、宵闇の中で炎が輝く、まさに地獄そのものの光景を堪能しよう。そして夜も深まる頃には、人工的な光に一切邪魔されない満点の星空を独り占めできる。
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もし「地獄」を覗きにいくのであれば、地元の旅行会社に依頼すれば、伝統的な移動式住居ユルタをあっという間に設置して、宿泊の手はずを整えてくれる。
火を起こして、トルクメニスタンの伝統的な食事パロフ(羊肉入りのピラフ)とシャシュリク(羊肉の串焼き)の夕食も用意される。一晩だけの、砂漠の遊牧民気分も味わえる。
この大地を駆け抜けて行った、幾千もの騎馬遊牧民たちの過去に思いを馳せながら眠りにつくとしよう。
訪れる外国人が少ないとはいえ、公認のガイド付きツアーでなら誰でも観光旅行をすることが可能だ。
一通り海外旅行は色々行ったぞという方こそ、この世のものとは思えない風景を見に中央アジア最後の秘境トルクメニスタンを訪れてみてはいかがだろうか。
文/ギュルソユ慈(トルクメニスタン在住ライター)
2015年より夫の駐在先であるトルクメニスタンで暮らす。在留邦人が20名の知られざるトルクメニスタンの素顔をブログや寄稿記事などで発信中。海外書き人クラブ所属。