取材・文/藤田麻希
巨大な虎が襖から飛び出すかのように、こちらに向かって足を踏み出します。鋭い目、ピンと張った髭、力のみなぎる前足、くるりと丸まったしっぽ。どこをとっても生き生きとしています。どことなく漂う「猫っぽさ」も愛らしいです。
この虎の絵を描いたのは、近年「奇想の画家」として注目を集める長沢芦雪。その大規模な展覧会が、愛知県美術館にて開催されています(~2017年11月19日まで)。
芦雪が活動した18世紀の京都は、江戸絵画の黄金時代。伊藤若冲、曾我蕭白、池大雅、与謝蕪村など、錚々たる絵師が、道を歩けばすれ違うほどの距離で活動していました。彼は、そのなかで最も人気を集めていた円山応挙の門下生でした。師の技法を身につけ、若い頃から頭角を表し、29歳のときには『平安人物志』という京都各界の紳士録のような本に名前が載りました。
しかし、芦雪は、応挙の追随者であることに飽き足らなかったようです。転機となったのは、南紀(和歌山県南部)への滞在でした。応挙は、懇意にしていた串本・大乗寺の愚海和尚に襖絵を依頼されたのですが、自らは出向かずに芦雪を派遣します。このときに描いたのが、さきほどご紹介した「虎図襖」や、上に掲載した「龍図襖」をはじめとする、一連の襖絵です。師のいない地方で解き放たれた芦雪は、独創的で型破りな作品を次々と、生み出すようになります。
「白象黒牛図」は、芦雪画の特徴の一つである「対比」がよくわかる作例です。巨大な白い象を描く右隻には上方に黒いカラスを、黒い牛を描く左隻には下方に白い小犬を添えます。白と黒、大と小、上下の対比が見事です。また、通常、屏風は真ん中の二扇から開きますので、最初は真っ白な画面と小さい小犬が見えるだけで、何が主題なのかわかりません。開いていくうちに、象と牛であることに気付く仕掛けになっています。見る人を楽しませようとする、芦雪のサービス精神が遺憾なく発揮されています。
芦雪は、応挙が得意とした子犬の絵も多く残しました。「降雪狗児図」はそのなかでも一風変わった作品です。黒く染めた紙に、輪郭線を用いず、油絵のような粘り気のある絵の具を用いて描いています。ある時期に集中して、このような技法を試みていたようですが、何に触発されたのか詳しいことはわかっていません。
愛知県美術館にて開催中の「開館25周年記念 長沢芦雪展 京(みやこ)のエンターテイナー」で注目なのは、無量寺の再現展示です。本堂の3室を、畳・柱・鴨居も含めて再現し、そこにガラスケースなしで、障壁画を展示します。「虎図襖」と「龍図襖」が向き合う様子、部屋の角を利用して遠近感を表現する構図なども体感できます。
本展の企画協力者で、明治学院大学教授の山下裕二さんは次のように説明します。
「見る人を楽しませよう、驚かせようと、趣向を凝らしたいろんな仕掛けを施すのが、エンターテイナー・芦雪の真骨頂です。だけれども、芦雪は、一生、応挙の門下を離れなかったのですね。
芦雪は応挙に何度も破門されたと伝える文献もありますが、どうもそうではありません。逆に言えば、応挙という偉大な規範であり制約があったからこそ、芦雪は奇想を発揮でき、その奇想の輝きも増したのかもしれません。この展覧会を契機に、みなさんに芦雪の絵をもっと見ていただき、無量寺のある串本町も訪ねていただければと思います」
新発見された応挙入門前の初期作など、初公開の作品を含め、80点の芦雪の作品が名古屋に集まります。ぜひこの機会にお出かけ下さい。
【展覧会情報】
『開館25周年記念 長沢芦雪展 京(みやこ)のエンターテイナー』
■会期/2017年10月6日(金)~11月19日(日)
※期間中、一部作品の展示替えを行います。
■会場:愛知県美術館(愛知芸術文化センター10階)
■住所:愛知県名古屋市東区東桜1-13-2
■アクセス:
地下鉄東山線・名城線「栄」駅/名鉄瀬戸線「栄町」駅下車、オアシス21連絡通路利用徒歩3分
■電話番号:052・971・5511
■公式サイト:http://www.chunichi.co.jp/event/rosetsu/
■開室時間:午前10時~午後6時
金曜は午後8時まで(入館は閉館30分前まで)
■休館日:月曜
取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』