取材・文/田中昭三
『サライ.jp』の別の記事でもお伝えしているように、いま京都国立博物館で「海北友松(かいほうゆうしょう」展が開かれている(~2017年 5月21日まで)。
狩野派や長谷川等伯を輩出した桃山時代の孤高の画家である友松は、その作品や人となりについて広く知られてるとは言いがたい。が、友松を知らずして日本画を語るなかれ、と言える巨大な存在である。
もう30年以上も前、当時成城大学で日本美術を教えておられた故・田中日佐夫さんと近江(滋賀県)の古社寺を何度か取材したことがある。田中先生は滋賀県内を隅々まで歩き回り『近江古寺風土記』(学生社)という名著を上梓されていた。
近江を巡りながら小さなお寺の方丈襖絵を目にした時、田中先生からしばしば「海北友松」の名を聞くことがあった。それらの襖絵の多くは痛みが激しかった。襖絵をじっくり見ようと思う前に、襖の荒れ状態が気になった。それとともに友松という絵師はこのまま忘れ去られるのか、という不安が湧いた。
しかし「海北友松」という、いかにも日本画家らしい名前は、一度インプットされると気になる存在となった。友松の作品をもっと見たい。それが30年後の今、この展覧会でやっと実現した。
友松は天文2年(1533)、海北家の5男に生まれた。「海北」という姓は淡海(おうみ、琵琶湖の古称)の北部、いまの湖北の地に由来する。湖北といえば、戦国武将の浅井長政の名がすぐに思い浮かぶ。織田信長の妹・お市の方を娶ったイケメンである。海北家はその浅井家の重臣だった。天正元年(1573)、友松41歳の折浅井家の小谷城(おだにじょう)が信長に滅ぼされ、友松の父や兄も討ち死にしたという。
こんな戦国ドラマを聞くと、友松は敗者のなかから立ち上がったサムライ出身の画家というイメージが膨らみ、ますます興味が湧く。しかし事実はちょっと違うらしく、友松の父は小谷城落城の40年ほど前、友松3歳の年にすでに戦死していることが今回の展覧会調査で明らかになった。その事件のあと、友松は京都の東福寺に喝食(かつしき。有髪の小童)として入ったようだ。
海北友松の生涯については、まだまだ謎が多い。とりわけ前半生が不明である。しかし今回の展覧会を企画した京博学芸部長の山本英男さんは、膨大な資料を精査し、かなりはっきりした友松像を浮かび上がらせた。
とりわけ交遊関係が面白い。当時絵師たちはどこかの画家集団に属していた。しかし友松は最初に絵を習った狩野派を離れてからは、独立独歩の道を歩んだ。そんな彼を支えたのが、武将にして大インテリの細川幽斎(ほそかわゆうさい、元首相細川護煕氏の祖先)や桂離宮を造営した八条宮智仁親王(ともひとしんのう)などである。
友松が絵師として世に出るのは60歳前後。驚くほど遅咲きである。それから約20年間、友松は孤高の絵師を貫いた。遅咲きながら友松の絵画は、水墨画から大和絵まで実に多彩である。最も得意とした「雲龍図」(前掲)と下の「月下渓流図屏風」を見比べたら、同じ画家の作品とは思えないだろう。
雲龍図は絵師にとって一度は描きたい画題。日本では臨済宗寺院の法堂(はっとう)の天井に描かれることが多い。友松は京都の建仁寺や北野天満宮などの襖に迫力満点の傑作を描いた。なかでも建仁寺の襖絵は、展示方法にも熱がこもっている。忙しいという人にはこの龍だけでもご覧になることをお勧めしたい。
また「月下渓流図屏風」はアメリカのネルソン・アトキンズ美術館の作品。こんな名作がいつの間にアメリカに渡ったのか、と臍(ほぞ)をかみたくなる。いま見ておかないと、今後いつ見られることかわからない名作である。
友松作品の特徴は、余白の活かし方にあるという。その余白の技法は「月下渓流図屏風」で遺憾なく発揮されている。余白の傑作といえば長谷川等伯「松林図(しょうりんず)」が世上名高い。しかし友松の余白の魅力は、等伯を越えているかも知れない。
今回出品されている作品は71点。少ないと思うかも知れないが、大作が多いので見応え十分。これほど充実した海北友松展は、今後しばらく実現しないに違いない。会期の終わりも迫っている。まだ見ていないという方には、すぐに京都まで出かけることをお勧めする。
【今日の展覧会】
『開館120周年記念特別展覧会 海北友松』
■会期/開催中~2017年 5月21日(日)
■会場/京都国立博物館
■住所/京都市東山区茶屋町527
■電話番号/075・525・2473(テレホンサービス)
■開館時間/9時30分から18時まで(入館は閉館30分前まで)
※ただし会期中の毎週金・土曜日は20時まで(入館は閉館30分前まで)
■休館日/月曜日
■展覧会公式サイト/http://yusho2017.jp/
取材・文/田中昭三
京都大学文学部卒。編集者を経てフリーに。日本の伝統文化の取材・執筆にあたる。『サライの「日本庭園完全ガイド』(小学館)、『入江泰吉と歩く大和路仏像巡礼』(ウエッジ)、『江戸東京の庭園散歩』(JTBパブリッシング)ほか。