「視聴率100%男」萩本欽一が番組づくりの根底にすえたものとは【昭和のテレビ王たちの証言2】

文/酒寄美智子

昭和28年にNHKが本放送を開始し、テレビは産声を上げました。以降、この新しいメディアを発展させてきたのは、その時々で時代を拓いたテレビ人たちでした。かつて雑誌『テレビサライ』では、平成14年の1年間に「私とテレビ」と題して11人の名だたる先達へのインタビューを連載しましたが、それらをまとめた書籍がこのほど『昭和のテレビ王』(小学館文庫)として文庫化されました。

いまや桁違いの影響力を持つほどに育った「テレビ」とは一体何なのか。そのヒントは、テレビ人の言葉の中にありました。今回は同書から、“視聴率100%男”の異名をとったタレント・萩本欽一さんの言葉をご紹介します。

■1:「視聴率っていうのは、言ってみれば、みんなへの恩返しだと思うよね」

高校卒業後、東京・浅草の東洋劇場に無給のコメディアン兼雑用係として入った萩本少年。「死んじゃおうかなぁ、って考えたこともあった」(本書より)という下積み時代を経て、坂上二郎氏とコンビ・コント55号を結成したのが25歳のとき。欽ちゃんは瞬く間にスターダムにのし上がりました。

コメディアンが司会をするなどという前例がなかった時代に「スター誕生!」(昭和46年~・日本テレビ)や「オールスター家族対抗歌合戦」(昭和47年~・フジテレビ)、「日本テレビ音楽祭」(昭和49年~平成2年)の司会でお茶の間の人気者に。そして生まれたのが、ラジオ番組「欽ちゃんのドンといってみよう」をテレビ番組化するというアイデア。プロデューサーたちが「テレビでハガキを読む番組だって!?」と嘲笑する中、5年間の構想と1年の準備期間を経て、昭和50年にその名も「欽ちゃんのドンとやってみよう」(フジテレビ)がスタートしたのです。

「欽ドン」と親しまれたこの番組は裏番組の「8時だヨ!全員集合」(TBS)を追い抜き、視聴率30%に迫る勢い。その後も高視聴率番組を連発し、そのころ1週間に持っていた冠番組の視聴率を合計すると100%を超えたことから“視聴率100%男”が欽ちゃんの代名詞になりました。

そんな欽ちゃんにとって、視聴率とは単なる数字ではありませんでした。

「やっぱりね、スタッフがね、みんなで集まって、ひとつの新しい番組をつくるときのね、その熱気が好きなんだよね。その熱気が伝わるから、見てくれる人たちも楽しくなるわけ。視聴率30%ってすごいねって、よく言われたけど、視聴率がいいと、番組をつくった人、出てくれた人、みんなが幸せになるのね。30%をとるっていうのは、僕に任せてくれてありがとうっていう、恩返しだった。自分のためだけだったら、あんなに一生懸命にやらなかったって、いま、思っちゃうよね」(本書より)

■2:「じいちゃんやばあちゃん、それから子どもが喜ばないことは、決してやらないでおこう」

欽ちゃんの番組づくりに大きな影響を与えたのが、母親のトミさんでした。

「もう、おふくろは、トンチンカンでね。コント55号でドラマをやって、浅丘ルリ子さんが僕の恋人役になったの。そしたらおふくろが電話をかけてきて、“いい人と付き合ってるね。おまえ、結婚するのかい”って。それでその3か月後に、今度は松原智恵子さんとドラマに出たら、“3か月で女の人を変えるなんて、冗談じゃない”って怒って怒ってさ。いや、これ、ほんとの話なの(笑)」(本書より)

この出来事から、テレビを見てくれる人のなかには“虚”と“実”が一緒になっている人もいるんだと実感した欽ちゃん。

「しみじみ、テレビは大変だって思いました。テレビの前にはね、子どもがいて、じいちゃんやばあちゃんがいるんだと思ったの。だから、これだけはよそうと思ったのは、じいちゃんやばあちゃん、それから子どもが喜ばないことは、決してやらないでおこうと思ったのよ」(本書より)

欽ちゃんの活躍で、テレビのゴールデンタイムの主流はドラマからバラエティーへと変わっていきました。

「いまのようなテレビにしたのは、たぶん僕だから、いまの人に文句なんか言えませんが、ちょっとだけ言わせてもらうと、楽しくないとテレビじゃないってことだけは言いたいんだよね。そして、テレビってのは、どんな使い方をしてもいいってことなのね。だからこそ、みんながやってないテレビを探す。まだまだ、使い方はありますよ」(本書より)

*  *  *

2015年に駒澤大学に入学、現在は現役大学生として学んでいる欽ちゃん。76歳のいまも衰えることのない探求心が、テレビの一時代を築き、バラエティーの礎をつくったのです。

そんな欽ちゃんの視線の先にはいつも、テレビをつくっている人、出てくれる人、見てくれる人がいました。誰かを楽しませたい、笑ってほしいという純粋な思いでつくった番組が、たくさんの人に愛される――そんな幸福な巡り合わせをいくつも実現してみせたのが欽ちゃんその人であり、テレビというメディアなのです。

【参考書籍】
『昭和のテレビ王』
(サライ編集部編、本体490円+税、小学館文庫)
https://www.shogakukan.co.jp/books/09406401

文/酒寄美智子

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