今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。
【今日のことば】
「自己に親切になれ、何人にも親切になれ、職務に親切になれ、物品にも親切になれ、時間に親切になれ、金銭に親切になれ」
--星一
星一(ほし・はじめ)は明治6年(1873)福島県で生まれた。米国コロンビア大学卒業後、星製薬株式会社を創業。人材育成のため社内にもうけた教育部が、現在の星薬科大学の基礎となった。
明治41年(1908)に郷里の福島県から立候補して衆議院議員に当選したのを手始めに、政治家としても活躍。とくに戦後混乱期の昭和22年(1947)におこなわれた第1回参議院議員選挙の全国区ではトップ当選を果たしている。
そんな星一のモットーは「親切第一」。「星製薬株式会社本領」にも、第1条として「本社は親切第一を主義として、営利事業を経営しつつ社会奉仕を為し、其(そ)の並行の可能性を世界に示さんとするにあり」と記し、最後の第16条には掲出のことばを書いた。
16条は、さらにこうつづく。
17条「親切は平和なり、繁盛なり、向上なり、親切の前に敵なし。親切は世界を征服す」
星一は、そのものずばり『親切第一 Kindness First』と題する本まで刊行。その中には次のような一文も読める。
「親切は神仏なり。神仏の本体は親切そのものであって、親切の外(ほか)に神仏は存在せぬものと余は信じる。神仏は吾々に生命を貸して下すっている。従って夫(そ)れを有意義に働かし、生命を大事にして健康を重んじ、人として為すべき最大の仕事を成し遂げたならば、其人の生命は取り上げられたる後でも、其人の魂は之を愛していつまでも生かして下さる」
後年、日本医学界の基礎づくりに貢献したドイツの医学界が窮状にあると聞いて、自分の家を抵当に入れてまで多額の寄付をしたのも、自己の信念である「親切第一」主義に基づくものであった。
長男の名前も、そのモットーから「親一」と名づけた。後年、「ショートショート」の名手として知られるようになるこの小説家が星新一(本名・星親一)である。
文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。