文・写真/内野三菜子
ヨーロッパの街中に鳴り響く「カリヨン」の音色。しかし、カリヨンは生まれた当初から、時代の最先端を行く存在だった。(※前回の記事>>知られざる超巨大楽器「カリヨン」とは?)
都市の威信をかけてカリヨンを建設するとき、鋳造するための金属自体に価値があることから、より大きく低い音の出る鐘を誇ったり、あるいは鐘の総数を誇ったりしたのも勿論であるが、鋳造の技術の進歩自体も技術力とその裏づけとなる富の裏返しであった。
また鐘楼は、その当時の都市の城塞都市としての性格や自治都市としての性格を考えると、都市の中心に自治の象徴としても存在していたと言える。
領主に関連する冠婚葬祭や都市の危機は、必ず鐘楼が告げるものだった。カリヨンが持つ都市におけるメディアとしての役割を「カリヨンは世界最古のツイッターだよ」と評するカリヨン奏者もいる。
鐘は都市の自治の象徴でもあり、その概念はフィラデルフィアにある「リバティ・ベル(自由の鐘)」にもつながるのだ。そう考えると、実際に鐘楼部分に到達するのに迷路のような通路を通らなくてはいけない塔が今も多い理由も頷ける。
鐘を失うことは自治を失うこととイコールであり、不審者に鐘楼に到達されて偽の知らせを鳴らされるわけにはいかないのだ。最先端の技術と富を投じた自治の象徴たるメディア・タワー、古式ゆかしい優雅な街並みのサウンドスケープには、そんな往時の社会の有り様も、盛り込まれている。
■滅多に見られない!「カリヨン」の練習用楽器
そんなカリヨンも人の力で演奏する以上は、誰でも最初から完璧に演奏できるわけではない。さて、どうやって練習するのだろうか?
実は、大抵のカリヨンのある塔の中には、練習用の楽器が備え付けられている。元はそこのカリヨンの演奏台だったものが、交換によって不要となり取り外され、鍵盤部分に鉄琴(グロッケン)などに接続して室内での演奏に使用できるようにしたものである。
筆者もカリヨンを演奏するときは、事前にこの練習台を使って練習をし、十分に準備をしてから実際の塔での演奏に臨むことにしている。
もちろん、練習台として専用に作られているものもあり、カリヨン学校の練習室には各部屋に一台ずつ設置されている。楽器によってはグロッケンではなく、電子楽器用の端子が接続されているものがあり、ハンマーの動きに合わせてレバーがセンサーを通過する琴で発音する仕組みになっている。
筆者が個人で所有している練習用楽器は、元はアントワープ大聖堂の先先代の現役のカリヨン鍵盤だったものだが、新しい鍵盤に交換するため、順送りに不要になったものである。鐘の音色はリューベンのカリヨンの音をデジタル採録したものが使われている。
先日、ベルギー大使館で行われたベルギー日本友好150周年の関連イベントで、この練習用楽器によるカリヨン演奏を披露する機会があったが、東京の大使館で、アントワープの鍵盤でリューベンの音が鳴るのを聞けるとは、鍵盤の制作者も鐘の制作者も全く予想しなかっただろう。
文・写真/内野三菜子
東京女子医大卒業後、国内で放射線腫瘍医として研鑽、トロント大学病院で日本人初の臨床フェローとして勤務すると同時にカリヨンに出会い、帰国後も演奏家と臨床医の道を継続。近著「身近な人ががんになったときに役立つ知識」(