文・写真/鈴木隆祐
B級グルメは決してA級の下降線にはない。それはそれで独自の価値あるものだ。酸いも甘いも噛み分けたサライ世代にとって馴染み深い、タフにして美味な大衆の味を「実用グルメ」と再定義し、あらゆる方角から扱っていきたい。
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浜松町=大門は羽田からモノレールで20分の乗換駅であり、東芝、東京ガス、川崎重工、オリックス、コニカミノルタといった大企業の本社を擁する町。だから、あまり気取らず、サクッと飲み食べできる店がけっこうある。
ことに40階建て、152mの偉容を誇る世界貿易センタービルと駅とをつなぐモノレールビルには庶民的な店がたくさん入っているが、それらの白眉が2階の洋食レストラン「パラタン」である。
店名は「Palatin」と書くのだが、なにやら意味不明。ローマ七丘のひとつ“パラティヌス(パラティーノ)”のフランス語綴りだろうか。実際、店名からなにかを察しようとしても、なんとも混沌とした店で、それはあらゆるジャンルをカバーするメニューにも現れている。
店先にはガラスケースがあって、中にはクラシックなケーキが鎮座まします。その他、焼き菓子も無造作にその上に置いてあり、弁当まで売っている。
そこまではまだ、食事もできる喫茶店という出で立ちだが、店内へ入り、メニューを広げてたまげた!
提供されるのは洋食の類だけではない。カツ丼も生姜焼き定食もある。それよりなにより、異様につまみ類が充実し、洋食系メニューはちとお高いが、そのぶんかなりお値打ちなのである。このビルの地下には格安居酒屋がひしめいており、その影響なのだろう。
例を挙げると「ポテトサラダ」が280円、「蓮根のきんぴら」が370円、「いかわた一夜干し」が400円……。中でも芝浦から直送というホルモンを使用した「牛もつ豆腐」は720円するが、頼んでみると、驚いたことにラーメン丼に並々の量で出てくる。通常の3倍のボリュームで、確かに美味。酒肴についても、総じてかなりお得だ。
……が、洋食店がベースである以上、そうした酒肴は企業で言えば“子会社”なわけで、肝心の本業がダメでは本末転倒。よくある洋風居酒屋に堕してしまう。
そこで、さらにつまみたい欲求をひとまず抑え、“但馬牛を贅沢に100%使用”という自慢のハンバーグの〈世界のハンバーグ〉というラインナップから、「ドイツ風」を注文してみた。
なにがドイツ風かというと、ロングソーセージがハンバーグの上にドンと乗っているだけではない。ドイツ料理の定番、キャベツの酢漬けのザワークラウトが人参のグラッセやポテトフライ、茹でたブロッコリーとともに付け合わせとなっている。
そして、さらによく見ると、粒マスタードがドミグラスソースに混ぜてある! だから口にした瞬間、軽い酸味を感じたのだ。
というのも、こちらのドミは相当具合よく、深いコクがあるが、かといって、甘くも渋くもない。この奇抜なアレンジにもまるで負けず、マスタードの風味を引き出している。
ハンバーグも、ナイフを置いただけで肉汁が溢れてくる、期待を裏切らない出来だ。さすがドイツ。上記付け合わせもむろんだが、味つけの上でもビールがどんどん進んでしまうコンポジションとなっている。
これほど凝った洋食メニューと、「ほたるいかの沖漬け」や「〆サバ」が平和に共存しているのは、やはりどうにも不思議だ。懐かしのビアホールのテイストである。
しかも、パラタンの開放的な店内の雰囲気は、まさに昭和後期の“高級ファミレス”で、一人の夜でも気兼ねなく来訪できる。そしてお味はそこらのチェーン系ビアホールより格上!こうなっては、ついどっしり飲みたくもなる。追加でいいちこのボトルを奮発し、アテに酢モツも頼む。
旅というのはとかく慌ただしく、行った先で目的の食も存分に満喫できなかったりするものだが、羽田に夜着いて、空港内でなにか食べるくらいなら、こちらにぜひ直行してほしい。普段モノレール利用でない京急派も、わざわざ遠回りする価値は充分にあるはずだ。
【洋食レストラン「パラタン」】
■所在地/東京都港区浜松町2-4-12 モノレールビル 2F
■アクセス/JR浜松町駅南口から徒歩30秒
■営業時間/7:00~22:00
■定休日/なし(年始のみ不定休あり)
文・写真/鈴木隆祐
1966年生まれ。著述家。教育・ビジネスをフィールドに『名門中学 最高の授業』『全国創業者列伝』ほか著書多数。食べ歩きはライフワークで、『東京B級グルメ放浪記』『愛しの街場中華』『東京実用食堂』などの著書がある。
http://www.nihonbungeisha.co.jp/books/pages/ISBN978-4-537-26157-8.html