
ライターI(以下I):『豊臣兄弟!』が、衆院選挙の投開票日ということで、休止ということになりました。
編集者A(以下A):ということで、今週は、『豊臣兄弟!』にまつわる小噺を展開したいと思います。大河ドラマに豊臣秀吉が登場する作品は多いです。直近でも2023年の『どうする家康』でムロツヨシさん、2020年の『麒麟がくる』では佐々木蔵之介さんが演じています。信長に仕えるまでは行商人だったのが印象的な秀吉でした。
I:『豊臣兄弟!』は大河ドラマとしては、1996年の『秀吉』以来、30年ぶりの「太閤記」ものになりますが、『豊臣兄弟!』に、濃姫(帰蝶)が登場しないことが話題になっていたりします。
A:2020年の『麒麟がくる』で、川口春奈さん演じる帰蝶のインパクトが強すぎたのかもしれませんが、2023年の『どうする家康』でも登場していないんですよね。川口春奈さんの帰蝶には、「女軍師」の側面もありました。それだけに人々の印象に残ったのかもしれないですね。ですが、実は、平均視聴率が30%を超えていた1996年の『秀吉』でも「濃姫=帰蝶」は登場していないのですよ。この時の事情は明確で、「濃姫=帰蝶」ではなく、側室のひとり「吉乃(きつの/演・斉藤慶子)」を信長の実質的な妻としてメインキャストに据えていたからです。
I:なるほど。
A:1996年の『秀吉』は堺屋太一さんの小説が原作ですから、原作通りということになりますが、実は、その原作にも種本があることがわかっています。『武功夜話(ぶこうやわ)』という古記録で、1959年の伊勢湾台風の際に旧家の土蔵から発見されたというものです。1989年に大ベストセラーになった津本陽さんの『下天は夢か』(新聞連載は1986年~1989年)、遠藤周作さんの『男の一生』などの小説の種本としても知られています。秋山駿さんの『信長』も『武功夜話』を素材にしています。
I:なるほど。確かに1996年の大河ドラマ『秀吉』では吉乃が住まう生駒屋敷が物語の主要な舞台になっていました。『武功夜話』が元ネタだったのですね。
A:木下藤吉郎秀吉の出世譚の種本といえば、江戸時代後期に刊行が開始された『絵本太閤記』が有名です。初編が昨年の大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』の主人公蔦屋重三郎(演・横浜流星)が亡くなった年に刊行された作品で、現在知られている秀吉の物語のかなりの部分が同書を出典としています。江戸時代に一世を風靡し、現代まで影響を与えている『絵本太閤記』に対し、『武功夜話』のエピソードは、その是非はともかくとして、昭和末期から平成にかけて新たにつくられた信長、秀吉の物語に大きな影響を与えたということになります。現に『武功夜話』の影響を受けた小説やドラマ、テレビ番組がたくさんつくられたのです。
I:なるほど。
A:それを象徴的にあらわす新聞記事があります。昭和62年(1987)の朝日新聞夕刊には「信長・秀吉の“歴史”が変わる?」というタイトルの特集記事が大きく掲載されました。「無名時代から秀吉を助け、大名や武将を出した一族の当主らが書きとめた詳細な覚書。子孫の会社社長が出版」とキャッチがあります。『武功夜話』の活字本刊行にあわせて出された記事になります。
I:そういう時代だったのですね。つまり、1996年の大河ドラマ『秀吉』で「濃姫=帰蝶」が登場しなかったことには明確な理由があったということですね。
A:当時、一世を風靡した『武功夜話』ですが、偽書説も根強く、2002年には『偽書「武功夜話」の研究』(藤本正行、鈴木眞哉著)が刊行されます。偽書と主張する研究者、すべて偽書として切り捨てる必要はないとする研究者の議論はいまも続く一方で、「史書ではなく文学作品として研究素材とすべきでは?」と考える研究者もいたりするようです。
I:なんだかややこしい話になってるんですね。
A:1965年の大河ドラマ『太閤記』にあわせて刊行された『太閤記の研究』(昭和40年刊/徳間書店)では、著者の桑田忠親先生が、『絵本太閤記』などの伝記物語を研究することについて、「太閤に関する史実が、いかに伝説化され、物語化されたかを明示すると同時に、この蓋世の英雄が、その在世中に、もしくは、死後において、いかにわが国民の間に崇拝され、敬慕され、私淑されたかを、認識することなのである」と指摘しています。
I:桑田忠親先生といえば、『天と地と』『国盗り物語』『おんな太閤記』などの大河ドラマで時代考証を担当された戦国史の大家ですね。
A:桑田先生の言を俟つまでもなく、2026年の大河ドラマ『豊臣兄弟!』で秀吉、秀長の兄弟の人生をどのように描いてくるのか、ということは、現代の日本人が秀吉の人生をどのように認識していたのかを後世の人々に伝えることになるということでしょうか。
I:ということで、本編に戻りますが、『豊臣兄弟!』第4回の桶狭間の合戦の回で、「敦盛」を舞う信長の傍らに濃姫ではなくお市(演・宮崎あおい)がいたということが少なからずSNSで話題になったといいます。
A:はい。でも1996年の『秀吉』でも信長(演・渡哲也)は「敦盛」を舞いましたが、傍らで鼓を打ったのは妹のお市(演・頼近美津子)でした。
I:『豊臣兄弟!』の裏テーマは、お市と信長の「織田兄妹」の物語でもあるんですね。
※宮崎あおいの「崎」は正しくは「たつさき」。
●編集者A:書籍編集者。かつて編集した『完本 信長全史』(「ビジュアル版逆説の日本史」)を編集した際に、信長関連の史跡を徹底取材。本業では、11月10日刊行の『後世に伝えたい歴史と文化 鶴岡八幡宮宮司の鎌倉案内』を担当。
●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好き。愛知県出身なので『豊臣兄弟!』を楽しみにしている。神職資格を持っている。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり











