文/濱田浩一郎

大垣城

大河ドラマ「豊臣兄弟!」においては戦国乱世の生々しい「現実」が描かれています。主人公・小一郎(羽柴秀長)の故郷・尾張国中村を野盗が襲撃。村が荒らされたばかりか、村人までが野盗に殺されてしまうのです。野盗に首を刎ねられた農民の亡骸を抱いて号泣する小一郎の姿が印象に残っている人も多いのではないでしょうか。

そんな動乱の世の凄惨な有様を記した史料の1つに『おあん物語』があります。同書は、石田三成の家臣・山田去暦の娘(おあん)が少女時代に体験した関ヶ原の戦いの頃の様子を子供達に語った筆録となります。『おあん物語』の書き出しは「子供らが集まって、おあん様、昔の物語りをしてくだされと言うので」というものです。よって作者はおあんではなく、幼少の頃におあんの昔話を聞いた親族の子供ということになるかと思います。

では、おあんの昔話に我々も耳を傾けてみましょう。

「私の親父は山田去暦といって、石田治部少輔(三成)殿に奉公して近江国(現在の滋賀県)彦根におられた。その後、治部殿が御謀反(徳川家康に対し挙兵したことを指す)の時、美濃国(現在の岐阜県)大垣城に籠っていた。我々も皆、一緒にお城に籠っていたのだが、その時、不思議なことが起こったのじゃ」

ちなみにこの時、大垣城には西軍の福原長堯(石田三成の妹婿)ら守備隊が籠城していました。話を戻して、おあんが言う「不思議なこと」とは何だったのでしょうか。夜な夜な、九つ(午前零時)頃になると、誰が言っているのか、男女30人ほどの声で「田中兵部殿、田中兵部殿」と喚く声が聞こえたというのです。その声の後には「わっ」と言う泣き声も聞こえたとのこと。そうした声が一時ではなく、夜通ししていたというから不気味です。おあんも「気味が悪いことじゃ。恐ろしかった」と語っています。

そんなことがあった後、家康方の軍勢(東軍)が大垣城を攻囲します。おあんが言うには夜・昼関係なく戦があったと言います。しかも寄せ手の大将は、おあんによると「田中兵部」(吉政)という名でした。しかし実際には田中吉政は大垣城を攻めておらず、三成の居城であった佐和山城(滋賀県彦根市)を攻めています。よって、これはおあんの記憶違いであると推測されます。

さて、おあんによると、城から「石火矢」(大砲)を撃つ時は城の近所に撃つことを触れ回ったとされます。なぜ、そんなことをしたのでしょう? おあんの話を聞いていた子供らも不思議に思ったようで「それなぜなりや」と質問しています。それに対し、おあんはこう答えているのです。

「石火矢を撃てば櫓もゆるゆると動き、地が裂けるような凄まじさ。よって気が弱い婦人などはすぐに眩暈がして難儀したのじゃ。それ故に前もって触れていたのだ。その触れがあると稲光がしてから雷が鳴るのを待つような心持ちで、最初の頃は生きた心地もせず。ただ恐ろしや、怖いとばかり思っておった。ところが後になると何とも思わなくなる」と。

大砲の轟音を当初は恐ろしいと感じても、慣れてくると何も感じなくなると、おあんは言うのです。

さて、おあんの母やその他の家中の内儀(妻)、娘たちも、皆、天守にいて鉄砲玉を鋳ていたようなのですが、その天守には恐ろしい光景が現出していました。味方が討ち取った敵方の首が多く集められていたのです。首にはそれぞれ札が付けられており、更にはお歯黒が塗られていたのでした。

ここでまた子供らが疑問に感じたようで「それは何故なりや」と問います。おあんは「昔はお歯黒首は良い武者の首じゃと言われていたのだ。それ故、白歯の首にお歯黒を付けて欲しいと頼まれたものだが、首というのは怖いものではない。その首どもの血生臭いなかで寝たこともあったわ」

と答えています。

討ち取られた敵兵の首のなかで寝る。現代人からしたら、ぞっとするような話ですが、おあんは「恐いものではない」と語っています。石火矢については最初は恐ろしかったと話していたおあんですが、なぜか首が並べられた中で寝るのは恐ろしくなかったと述べています。これはなぜなのでしょうか。

理由は書いていないので推測するしかありませんが、石火矢は自分たちの生命を脅かすものであるから恐かった。だが、敵方の首はそうではありません。よっておあんは「恐いものではない」と感じたのではないでしょうか。おあんの話の中からは、どのような過酷な状態(環境)であっても、時が経てば慣れてくることが分かります。鈍感になる。しかしそれがまた戦の恐ろしいところであるのかもしれません。

おあんは、明日はいよいよ落城かという時になって、父の手引きで、身重の母と共に城から抜け出すことができました。母は逃亡の途中で無事に出産。田の水を産湯として使ったと言います。おあんが生き残ったお陰で、数百年後に生きる我々も戦国の世の凄惨な現実を知ることができますし、その話から色々なことを感じ取ることができるのです。

文/濱田浩一郎(はまだ・こういちろう)

兵庫県相生市出身。皇學館大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。
兵庫県立大学内播磨学研究所研究員、姫路日ノ本短期大学講師、姫路獨協大学講師、大阪観光大学観光学研究所客員研究員を歴任。現在、武蔵野学院大学日本総合研究所スペシャルアカデミックフェロー。
著書『播磨赤松一族』(新人物往来社)、『あの名将たちの狂気の謎』(中経の文庫)、『超口語訳 方丈記』(東京書籍のち彩図社文庫)、『中学生からの超口語訳 信長公記』(ベストブック)、『秀吉と秀長 天下統一の軌跡』(内外出版社)その他多数。

 

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