
ライターI(以下I):『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(以下『べらぼう』)第32回ですが、蔦重(演・横浜流星)と新之助(演・井之脇海)とのやり取りが、切なくって心に響きました。
編集者A(以下A):米不足に起因する食糧難に市井の人々は殺気立っている風でした。不満のはけ口が田沼(演・渡辺謙)に向けられるというのもいたしかたないことなのでしょう。蔦重は、「田沼びいき」とみられていたため、新之助の暮らす長屋の人たちも蔦重に対して辛くあたります。
I:新之助もいたたまれないのでしょう。つい、田沼の世で一番成りあがった男だと口走ってしまいます。
A:かつて、吉原にいた時代、蔦重と新之助は朋友で対等でした。その後、新之助はうつせみ(ふく/演・小野花梨)と足抜けして立場は一変します。蔦重は大店の主に立身し、まったく立場が変わりました。
I:いつの世でも起こりうることですね。昔は仲がよかった仲間でも、大人になって立場が異なると疎遠になることも多いですし。確かに、新之助の長屋は蔦重が気軽に行ってはいけない場所だったのかもしれません。
A:おそらく蔦重もそうしたことを自覚していたと思われます。田沼びいきであることも隠そうともしません。だからこそ、三浦庄司(演・原田泰造)の依頼を受けて、日本橋の地本問屋仲間を説得して、最終的には自ら読売をさばいたわけです。
I:時代の空気が変わろうとしていたことを敏感に察していたのかもしれません。狂歌集『狂歌才蔵集』が劇中でも登場していましたが、これには田沼派として失脚した土山宗次郎(演・栁俊太郎)も作品を寄せていたと思われます。同作は岩波書店の『新 日本古典文学大系84』に全627作が掲載されていますが、同書の「解説」によれば、土山宗次郎と土山と関わりのあった平秩東作(演・木村了)関連の作品を削除するなどの混乱があったということです。
A:作品に関わる人物のスキャンダルで企画が消滅するというのは、現代の編集者も体験することがあると思われます。私も類似の案件がありました。蔦重の苦難はひとごとではありません。

【「丈右衛門だった男」矢野聖人さんが再び登場。次ページに続きます】
