「丈右衛門だった男」矢野聖人さんが再び登場

今度は「身なりの貧しい男」として登場した矢野聖人さん。(C)NHK

I:「丈右衛門(演・矢野聖人)」→「丈右衛門だった男」が今週は「身なりの貧しい男」となって、打ちこわしの先頭に立っていました。なんと治済(演・生田斗真)とともに「一席ぶつ」という展開になりました。

A:丈右衛門→丈右衛門だった男はともかく、庶民のなりをした治済が一芝居うっていたのには驚きました。打ちこわしといえば、歴史教科書ではおなじみ「日本開白以来、土民の蜂起、是初めなり」といわれる「正長の土一揆」が正長元年(1428)のことですから、360年ほど経過していることになります。徳川家康が江戸に入府したのが天正18年(1590)ですが、徳川の世になってから江戸で打ちこわしが最初に起きたのは享保18年(1733)。しょっちゅうではないですが、中期以降は特に、飢饉などにより米価が高騰すると、打ちこわしが起きるようになっていました。

I:物乞いが、「犬の肉を食えとは!」と叫びます。その言を受けて、同じく貧しい身なりをした男が「まことにそんなことを言われたのか!」と呼応します。誰かと思えば、最初の男がなんと一橋治済でした。こんなことってあります?

A:娯楽時代劇の世界では、水戸藩の徳川光圀が諸国を漫遊する物語が作られたり、第8代将軍徳川吉宗がその身分を隠して市井の人々と触れあい、悪を討ったり……。そんな時代劇に親しんでいた人々はむしろ、これこそ時代劇! と思われたかもしれませんね。だとしたら、それを狙った演出なのでしょうか。

I:一橋治済がこの場面で出てくる展開を視聴者はどう受け止めたでしょうか。私は、ここまでしなくてもいいのでは、と思って見ていました。

A:それよりも、もうひとりの「身なりの貧しい男」に注目です。この男、矢野聖人さん演じる「丈右衛門」→「丈右衛門だった男」ときて、「身なりの貧しい男」ということで今回登場しました。

I:平賀源内(演・安田顕)の死にかかわり、田沼意知(演・宮沢氷魚)も参加した狩りの際に、佐野政言(演・矢本悠馬)の射た獲物をわざと隠し、さらに佐野家に獲物と矢を持ち込んだりしました。意知の葬列に石を投げつけ、「世直し大明神」の幟を手配したのもこの男です。

A:こういう扇動する男の存在の方がよっぽどリアリティがあります。徳川吉宗が紀州から連れてきたといわれる将軍直属の隠密「御庭番」くずれのようでもあります。そもそも戦国時代には、らっぱ・すっぱという諜報活動に従事した者があたりまえのように存在していたわけですし、「丈右衛門だった男」→「身なりの貧しい男」のような人物を野に放ち、情報戦を繰り広げていたのかもしれません。

I:すっぱは情報収集をもっぱらとしていて、今もスクープなんかを「すっぱ抜く」といいますが、その語源なんですよね。矢野聖人さん演じるこの男、いったいこの先どんな役割を担うことになるのでしょうか。

木綿をまとった松平定信

「木綿小僧」呼ばわりの松平定信(演・井上祐貴)。(C)NHK

I:ということで、松平定信(演・井上祐貴)です。祖父である徳川吉宗を敬愛しているということで、木綿の着物で登城です。パフォーマンスなのか、信念なのかは定かではありません。

A:大名の衣服は「絹」が定番ですから、周囲はとまどったでしょう。幕閣が木綿なのに、絹を着用するわけにはいかない、という「同調圧力」がかかりますから、「迷惑千万」と思った大名、「関心をひく」ためにすぐさま木綿に変えた大名とさまざまな人間模様が繰り広げられたのではないかと思料します。

I:木綿と絹といえば、豆腐が想起されるのですが、絹ごしの豆腐が作られたのは元禄時代。劇中では黄表紙などの戯作に焦点が当てられていますが、天明2年(1782)には『豆腐百珍』という豆腐料理を集めた本がベストセラーになっていますね。

A:『豆腐百珍』は版元が大坂ですから、なかなか劇中では登場させるのは難しいかもしれませんね。

130年後の米騒動

米がないことで大騒動に陥った江戸。(C)NHK

A:劇中で描かれた「天明の打ち壊し」からほぼ130年後に発生したのが「米騒動」です。これは大正7年(1918)に現在の富山県魚津市の漁師の妻らが、魚津港から出荷されようとしていた米の運搬を阻止したことが発端です。これがきっかけになって、全国に波及したというものです。

I:教科書でお馴染みですね。

A:本能寺の変の関連取材で魚津城跡に行った際に同じ魚津市内で、「米騒動発祥地」という看板をみかけて、立ち寄ったことがあります。海岸近くの番屋のあるのどかな景色という感じでした。十二銀行(現在の北陸銀行)魚津支店の米倉から始まったということで、当時の米倉がまだ残っているのが印象的でした。『魚津でおこった米騒動』(魚津市教育委員会)によれば、打ちこわしのようなものではなく、漁師の妻たちの要求に応じて話し合いで解決したそうです。

I:話し合いで解決したものがなぜ全国に波及して、一部では軍が出動する騒乱になったのでしょう。

A:実は、新聞報道が「越中女一揆」とちょっと盛って記事を書いたらしいんですね。地元の北日本新聞が刊行した『米騒動100年』にそんな記述がありました。

I:天明の打ちこわしでは、騒動を煽動する人物の存在が描かれましたが、大正時代の米騒動では、「盛られた新聞報道」が騒動をより大きくしたということでしょうか。

A:現代の我々もよくよく情報を吟味して、「煽動されないように」心がけなければならないですね。そんな教訓を示唆した第32 回となりました。

I:ところで、城桧吏さん演じる徳川家斉が登場しました。ついに徳川将軍コンプリート!

A:その慶事については、次回大々的に語りましょう。

第11第将軍徳川家斉(城桧吏)。(C)NHK

●編集者A:書籍編集者。『べらぼう』をより楽しく視聴するためにドラマの内容から時代背景などまで網羅した『初めての大河ドラマ~べらぼう~蔦重栄華乃夢噺 歴史おもしろBOOK』などを編集。同書には、『娼妃地理記』、「辞闘戦新根(ことばたたかいあたらいいのね)」も掲載。「とんだ茶釜」「大木の切り口太いの根」「鯛の味噌吸」のキャラクターも掲載。

●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好きで、猫の浮世絵や猫神様のお札などを集めている。江戸時代創業の老舗和菓子屋などを巡り歩く。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

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