
ライターI(以下I):『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(以下『べらぼう』)では御三卿の一橋治済(演・生田斗真)の「壮大なる陰謀劇」が展開されています。生田斗真さんは『鎌倉殿の13人』で源仲章を演じて以来の大河ドラマ登場です。初登場の高山右近役(『軍師官兵衛』2014年)がもう11年前になるんですね。
編集者A(以下A):『べらぼう』での一橋治済は、完全に物語のキーマンですからね。自然体で悪事を重ねるという役柄をここまで印象的に演じるとは……。当欄では、折に触れて、「本物の悪は、周囲に悪と悟られることなく善人として死んでいく」ということを「歴史の教訓」として強調しているのですが、一橋治済が劇中で描かれているように「壮大なる陰謀劇」を裏で画策していたとしたら、まさに「本物の悪の所行」。
I:悪の治済を生田斗真さんが絶妙に演じてくれていますよね。これまで知名度が低かったと思われる一橋治済を一気に歴史上のスターダムにひきあげた感があります。
A:あくまで劇中での展開ということで説明すると、田沼意次(演・渡辺謙)と昵懇でブレーンのひとりだった平賀源内(演・安田顕)の死にも「丈右衛門(演・矢野聖人)」という男を介して、一橋治済が関与していたことが描かれました。源内が執筆した生原稿を庭で火にくべさせる治済の姿は衝撃的でした。
I:将軍家治(演・眞島秀和)死後の徳川家には、治済の流れが席巻することになります。まずは、そこを概観したいと思います。第10代家治の後継は、治済の息子が第11代家斉(演・城桧吏)として将軍職に就きます。第12代は家斉の息子家慶、第13代家定は家慶の息子にして、治済のひ孫になります。将軍継嗣問題が政局になった第14代は紀州藩を継いでいた家斉の息子斉順(なりゆき)の息子家茂が就任します。つまり家茂も治済のひ孫になります。このとき家茂と第14代将軍の座を争ったのが水戸家から一橋家を継いでいた慶喜です。
明治維新後に「第16代」を継いだ徳川家達
A:明治維新後に「第16代」を継いだのが徳川家達(いえさと)。御三卿の田安徳川家の出身ですが、祖父斉匡(なりまさ)が治済の五男ですから、治済の流れが維新後も徳川宗家を継承したことになります。ちなみに幕末の政局で活躍する福井藩の松平春嶽(慶永)も斉匡の息子ですから治済の孫になります。
I:まさに治済の流れが徳川を席巻したといっていいんですね。徳川宗家ですが、第16代家達の後は嫡男の家正が継承します。治済の玄孫(やしゃご)ということになります。家正には、家英という嫡男がいて東北帝国大学学生として仙台にいましたが、在学中に急逝します。徳川家の通字である「家」の字がついた嫡男が家督を継承せずに亡くなるのは、家治嫡男の家基以来のことになったのです。徳川宗家がどうなったのかというと、家正の長女が嫁いでいた会津松平家から恒孝(つねなり)が養子に入りました。第18代ですね。2023年には第19代として家広さんが徳川宗家の家督を継承しています。
A:幕末の松平春嶽が治済の孫であることには触れましたが、春嶽の孫、つまり治済の玄孫にあたる松平永芳は戦後の昭和53年に靖国神社宮司に就任します。東条英機ら、A級戦犯14柱を合祀したのは、このときです。
I:昭和天皇が最後に靖国神社を参拝されたのが昭和50年のことです。14柱の合祀以降、天皇陛下の参拝はなくなりました。
A:さらに、治済の子孫については、治済三男の斉隆が福岡藩黒田家に養子に入っています。つまり黒田家に将軍家斉の弟が養子に入ったということです。斉隆は福岡藩の第9代藩主で、息子の斉清が第10代藩主。男子が生まれなかったため、娘の純姫の婚姻相手長溥(ながひろ)が第11代藩主となります。長溥の実父は薩摩藩の島津重豪で、『べらぼう』劇中で、一橋治済と島津重豪(演・田中幸太朗)が仲良くしていましたし、第11代将軍家斉の正室は、島津重豪の娘茂姫が近衛家の養女となって家斉に嫁していますから、島津家、将軍家、大藩黒田家の強固な閨閥が誕生したということになります。
I:さて、治済の孫である松平春嶽の四男の義親が尾張徳川家第19代目を継承しています。名古屋の徳川美術館の創設者ですね。第20代目は義親の息子義知ですが、第21代目は義知の長女に堀田家から入り婿が入っています。
A:徳川宗家を継承した家達の次弟達孝(さとたか)は田安徳川家を、三弟頼倫(よりみち)は紀州徳川家を継承しています。前述のように尾張家も治済の子孫が継承していますから、徳川宗家、尾張家、紀州家、田安家、福井藩松平家が治済の子孫で占められたことになります。
I:田安家は、達孝の息子達成(さとなり)が継承しています。達成の次男宗賢(むねまさ)は、方言学に貢献した言語学者、国語学者として大阪大名誉教授を務めました。三男の宗廣は通産官僚を務めたそうです。
A:宗賢の娘に東大史料編纂所の松方冬子教授がいます。『オランダ風説書:「鎖国」日本に語られた「世界」』(中公新書)などの著書をもつ歴史研究者です。治済の「孫の孫の孫」ということになりますね。
I:治済の子孫は人材豊富なんですね。
●編集者A:書籍編集者。『べらぼう』をより楽しく視聴するためにドラマの内容から時代背景などまで網羅した『初めての大河ドラマ~べらぼう~蔦重栄華乃夢噺 歴史おもしろBOOK』などを編集。同書には、『娼妃地理記』、「辞闘戦新根(ことばたたかいあたらいいのね)」も掲載。「とんだ茶釜」「大木の切り口太いの根」「鯛の味噌吸」のキャラクターも掲載。
●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好きで、猫の浮世絵や猫神様のお札などを集めている。江戸時代創業の老舗和菓子屋などを巡り歩く。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり
