
長野県には山間部を中心に約80の清酒蔵が点在し(年度により増減)、全国でも上位規模の蔵数を誇り、小規模ながら高い技術力で個性豊かな日本酒を醸しています。今回は、長野県で造られる日本酒の魅力をご紹介します。
文/山内祐治
目次
長野の日本酒を代表する銘柄「真澄」
長野の日本酒を育む個性豊かな酒蔵めぐり
長野の日本酒で今最も注目される「信州亀齢」
長野でしか買えない日本酒との特別な出合い
長野の日本酒が誇るフルーティーな味わいの秘密
長野の日本酒おすすめ銘柄と個性的な逸品
まとめ
長野の日本酒を代表する銘柄「真澄」
長野県の日本酒を語る上で、まず外せないのが諏訪地方の「真澄(ますみ)」です。宮坂醸造が手がけるこの銘酒は、諏訪大社のお膝元で造られており、日本酒の歴史においても重要な役割を果たしてきました。
「真澄」の最大の特徴は、1946年に国が管理する酵母として採用された「きょうかい7号酵母」の発祥蔵であることです。この7号酵母は、現在でも広く使用されている酵母の一つで、もぎたてメロンのような爽やかな香りが特徴です。発酵力が強く、安定した酒造りができることから、多くの蔵元に愛用されています。
諏訪を訪れた際は、上諏訪駅内の諏訪市観光案内所で購入できる「ごくらくセット」を手に、諏訪五蔵めぐりを楽しむのがおすすめです。甲州街道沿い500メートルの範囲に点在する5つの蔵で、それぞれ個性的な日本酒を試飲できます。宮坂醸造は駅から最も遠い場所にありますが、充実したテイスティングルームを備えており、7号酵母の特徴を存分に味わうことができます。
長野の日本酒を育む個性豊かな酒蔵めぐり
長野県には、新潟に次ぐ約80の酒蔵があり、その数は全国でも第2位(令和6年10月調べ)を誇ります。山間部という地理的特徴から、集落が大きくなりすぎず、酒蔵の合併や連合が進まなかったことで、中小規模の酒蔵が数多く残されています。
諏訪エリアには、「真澄」を筆頭に「舞姫」「横笛」「麗人」「本金(ほんきん)」の5蔵があります。また、下諏訪には注目株の「御湖鶴(みこつる)」があります。旧蔵(菱友醸造)の経営破綻後、“磐栄運送(福島県)”が事業を継承して新体制で復活。現在は長野を代表する銘柄の一つとして評価を高めています。
佐久エリアには「佐久の花」、上田には「信州亀齢」、そして小布施にはワイナリーが手掛ける「ソガ ペール エ フィス」など、各地域に特色ある銘柄が点在しています。「ソガ ペール エ フィス」は、生酛仕込みや古い協会酵母(1〜6号など)を生かした試験的なキュヴェで知られます。
長野の日本酒で今最も注目される「信州亀齢」
近年、長野県の日本酒で最も注目を集めているのが「信州亀齢(しんしゅうきれい)」です。上田の比較的小さな酒蔵でしたが、代替わりを機に酒質が飛躍的に向上し、今では入手困難な人気銘柄となりました。
「信州亀齢」の特徴は、フルーティーな香りと爽やかさを見事に両立させている点です。美山錦、金紋錦、ひとごこちなど、長野県産の酒米を中心に使用し、地元の風土を活かした酒造りを行っています。
驚くべきは、普通酒でさえも高い品質を誇ることです。ガス感があり、爽やかで、「これが本当に普通酒なのか?」と、疑ってしまうほどの完成度。普通酒から純米大吟醸酒まで、どのラインナップも外れがなく、磨き上げられた技術が光ります。
長野でしか買えない日本酒との特別な出合い
長野県を訪れたなら、ぜひ現地でしか手に入らない限定酒を探してみてください。多くの酒蔵では、蔵見学者に限定酒を販売しています。諏訪五蔵の一つである麗人酒造では、古酒や熟成酒に力を入れており、現地でしか購入できない特別な一本に出合えるかもしれません。
さらに注目したいのが、奈良井宿で造られる「narai」です。酒販店ではまだ扱いが少なく、ホテルや一部特約店などなど限られた場所で見ることができるかもしれません。仕込み水に木曽の山から流れる軟水の中でも超軟水と言われる柔らかい水を使用しており、綺麗なタイプの酒質でありながら、しっかりとしたボディも楽しめます。奈良井宿を訪れた際は、ぜひこの地酒を味わってみてください。

https://www.narai.jp/ja/product/narai-kinmon
長野の日本酒が誇るフルーティーな味わいの秘密
長野県の日本酒がフルーティーと評される理由には、1990年代から開発されてきた独自の酵母があります。長野県の食品工業試験場が開発した「アルプス酵母」(現在は「長野C酵母」と呼称)は、リンゴのような香り成分(カプロン酸エチル)を豊富に生み出すことができる画期的な酵母でした。
この酵母の登場により、それまで非常に繊細な技術を要していたフルーティーな香りの演出が、より確実に実現できるようになりました。当初は扱いの難しさから普及に時間がかかりましたが、現在では多くの酒蔵が長野C酵母を活用し、華やかな香りの日本酒を生み出しています。
「信州亀齢」や「御湖鶴」など、長野を代表する銘柄の多くがこの長野C酵母を使用しています。フルーティーな日本酒をお探しの方は、「長野C酵母使用」と記載されたものを選ぶと、お好みの味わいに出合える可能性が高いでしょう。県はその後も選抜を進め、長野D酵母(2008、酢酸イソアミル優勢/低温での発酵適性)や、長野R酵母(リンゴ酸高生産+バナナ様香で軽快な酸味)などを供給。蔵は狙う香り・酸の設計に応じて使い分けています。
長野の日本酒おすすめ銘柄と個性的な逸品
長野県の日本酒の中から、ほかにもおすすめしたい銘柄をご紹介します。
まず「亀の海」です。フルーティーながらバランスの良い味わいで、日本酒初心者にも親しみやすい一本です。最近話題の「山三(やまさん)」は、非常に綺麗な酒質で、技術の高さが光る逸品。これからの成長が楽しみな注目株です。
個性的な一本をお探しなら「ボー・ミッシェル」(伴野酒造)がおすすめです。ビートルズを聞かせながら醸造するという独特の製法で話題を集め、アルコール度数がやや低めで飲みやすいのも特徴です。
長野市信州新町の小さな酒蔵が造る「十九(じゅうく)」(尾澤酒造場)も見逃せません。季節限定酒のラベルデザインが印象的で、特に赤色酵母を使った「ランハナカマキリ」は、濁り酒でありながら美しい色合いと深い味わいを持つ、まさに芸術品のような一本です。
まとめ
長野県の日本酒は、まさに多様性の宝庫です。諏訪大社の神事に欠かせない伝統的な酒造りから、ワイナリーが手がける革新的な日本酒まで、幅広いスタイルが共存しています。
山間部に点在する約80の酒蔵は、それぞれが独自の個性を持ち、地域の風土を活かした酒造りを行っています。清らかな水と豊かな自然、そして職人たちの高い技術が生み出す長野の日本酒は、味わいだけでなく、その背景にある文化や歴史も含めて楽しむことができます。

山内祐治(やまうち・ゆうじ)/「湯島天神下 すし初」四代目。講師、テイスター。第1回 日本ソムリエ協会SAKE DIPLOMAコンクール優勝。同協会機関誌『Sommelier』にて日本酒記事を執筆。ソムリエ、チーズの資格も持ち、大手ワインスクールにて、日本酒の授業を行なっている。また、新潟大学大学院にて日本酒学の修士論文を執筆。研究対象は日本酒ペアリング。一貫ごとに解説が入る講義のような店舗での体験が好評を博しており、味わいの背景から蔵元のストーリーまでを交えた丁寧なペアリングを継続している。多岐にわたる食材に対して重なりあう日本酒を提案し、「寿司店というより日本酒ペアリングの店」と評されることも。
構成/土田貴史











