権中納言敦忠、本名を藤原敦忠(ふじわらのあつただ)といいます。彼は平安時代中期(10世紀前半)に活躍した公卿であり、三十六歌仙の一人にも数えられる優れた歌人でした。

敦忠は、名門貴族である藤原北家の出身。父は左大臣という最高幹部まで務めた藤原時平(ときひら)です。しかし、この父・時平は、学問の神様として知られる菅原道真を策略によって大宰府へ左遷した張本人とされ、その影響か、39歳という若さで亡くなっています。

そして、奇しくも敦忠自身も38歳(一説には41歳)でその短い生涯を終えました。この若すぎる死には、父・時平の因縁や、敦忠自身の奔放な恋愛が関係しているのではないか、といった様々な憶測を呼んだようです。

敦忠は、容姿端麗で、和歌はもちろん、琵琶や笛などの管弦の才にも恵まれた、まさに才色兼備の貴公子でした。その魅力ゆえか、彼の周囲には恋の噂が絶えなかったといわれています。

権中納言敦忠『百人一首画帖』より
(提供:嵯峨嵐山文華館)

目次
権中納言敦忠の百人一首「逢ひ見ての~」の全文と現代語訳
権中納言敦忠が詠んだ有名な和歌は?
権中納言敦忠、ゆかりの地
最後に

権中納言敦忠の百人一首「逢ひ見ての~」の全文と現代語訳

逢ひ見ての のちの心に くらぶれば 昔はものを 思はざりけり

【現代語訳】
ついに逢瀬を遂げてみると、その後の恋しい気持ちに比べると、以前の恋心などは、何も思っていなかったのと同じであったなあ。

『小倉百人一首』43番、『拾遺集』710番に収められています。この歌の核心は、「逢ひ見てののちの心」と「昔はものを思はざりけり」という対比にあります。逢瀬を遂げる前と後で、恋心、そしてそれに伴う苦悩がどのように変化したのかを劇的に表現しています。

「逢ひ見て」は、愛する人と実際に逢い、関係を持ったことを意味します。「のちの心」とは、その後の、より一層募る恋心のこと。つまり、「あなたと結ばれた後の、今のこのどうしようもない気持ちに比べると」という意味になります。

「昔」とは、逢瀬を遂げる前の、恋焦がれていた頃を指します。「ものを思ふ」は、恋の悩みを抱くこと、物思いにふけることを意味します。直訳すると「昔は物思いをしなかったのだなあ」となりますが、これは本当に悩んでいなかったという意味ではありません。「今のこの、身を焦がすような激しい恋心と苦しみに比べれば、逢う前の悩みなんて、悩みとは呼べないほど些細なものだった」という、極端なまでの強調表現なのです。

権中納言敦忠『百人一首画帖』より
(提供:嵯峨嵐山文華館)

権中納言敦忠が詠んだ有名な和歌は?

他にも情熱的な恋の歌が多くあります。その中から代表的なものを紹介します。

伊勢の海の ちひろの浜に ひろふとも 今は何てふ かひかあるべき

【現代語訳】
伊勢の海の広大な浜に行って拾うとしても、今はどんな貝があるというのでしょうか。もはや伊勢斎宮となられたあなたを、いくらお慕いしても、何の甲斐もないでしょう。

『後撰集』927番に収められています。醍醐天皇の皇女・雅子内親王との恋愛話は有名です。斎宮(いつきのみや)に選ばれ、もう逢えないと決まった翌朝、敦忠は歌を榊(さかき)の枝に結び付けて贈ったといいます。伊勢神宮に仕える斎宮は天皇の代理として神に仕える聖なる存在であり、恋愛は固く禁じられていたのです。

権中納言敦忠、ゆかりの地

権中納言敦忠、ゆかりの地を紹介します。

史跡斎宮跡

三重県多気郡にある、斎宮歴史博物館に続く道に、平成20年に町制50周年・史跡斎宮跡の指定30周年を記念して、斎王や斎王ゆかりの和歌が刻まれた24基の歌碑が設置されました。その中に、敦忠と雅子内親王の歌碑があります。

最後に

この歌は、恋の成就が必ずしも安らぎをもたらすのではなく、むしろより深い感情の渦へと人を誘うことを教えてくれます。その激しさと切実さは、千年の時を超えて、現代を生きる私たちの心にも強く響きます。彼の短い生涯は、恋と芸術に彩られた、まさに炎のような一生だったのかもしれません。

※表記の年代と出来事には、諸説あります。

引用・参考図書/
『日本大百科全書』(小学館)
『全文全訳古語辞典』(小学館)
『原色小倉百人一首』(文英堂)

アイキャッチ画像/『百人一首かるた』(提供:嵯峨嵐山文華館)

●執筆/武田さゆり

武田さゆり

国家資格キャリアコンサルタント。中学高校国語科教諭、学校図書館司書教諭。現役教員の傍ら、子どもたちが自分らしく生きるためのキャリア教育推進活動を行う。趣味はテニスと読書。

●構成/京都メディアライン・https://kyotomedialine.com

●協力/嵯峨嵐山文華館

百人一首が生まれた小倉山を背にし、古来景勝地であった嵯峨嵐山に立地するミュージアム。百人一首の歴史を学べる常設展と、年に4回、日本画を中心にした企画展を開催しています。120畳の広々とした畳ギャラリーから眺める、大堰川に臨む景色はまさに日本画の世界のようです。
HP:https://www.samac.jp

 

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