明治の初め、いち早く西欧の文化が伝わった上野には洋食店が次々に誕生、この地ならではの食文化を育んできた。そんな上野の美食を巡る。

案内 林家つる子さん(落語家)
平成22年、九代林家正蔵に弟子入りし、翌年前座となり、同27年、二つ目昇進。令和6年3月、真打昇進。古典落語の登場人物のおかみさんを主人公にして物語を描くなど、意欲的な挑戦を続け、テレビ、ラジオにも多数出演。日本舞踊坂東流名取でもある。
代々たゆまぬ手仕事で旨さを伝える西洋料理店
鈴本演芸場、お江戸上野広小路亭といった寄席がある上野は落語家や芸人の町でもある。この地の美食を案内してくれたのは落語家の林家つる子さん。
まずは明治38年(1905)創業、洋食の『ぽん多本家』へ向かう。重厚な扉を開けると、小体な待合スペース、その向こう、カウンターの中に、4代目主人の島田良彦さん(60歳)の姿が見える。
「前座の修業時代に師匠に連れてきていただいて。カツレツの美しさ、味わったときの感動を今も覚えているほど」と、つる子さん。カツレツは豚カツのことだが、『ぽん多』は西洋料理店としてはじまっただけに、代々「カツレツ」と称する。カツにはロースやヒレなどがあるが、
「うちはロースのみですが、脂身を丁寧に切り落とした赤身部分を低温でじっくりと揚げます」と島田さん。ロースは、芯(中心部)の赤身とバラ先と呼ばれる脂身からなる。豚は脂身が旨いとされるが、なぜ切り落とすのか。
「脂身と赤身では火の通る時間が異なり、赤身に合わせた揚げ時間では脂身に火が入らず、同時においしく揚げることができません」
そこで脂身と赤身を分け、
「切り落とした脂身を炊いて自家製ラードにし揚げ油にします」
毎日数回、脂身を1時間ほど火にかけ、炊き上げる自家製ラードは琥珀色で、ほのかに甘くやさしい香りを放つ揚げ油となる。
油の温度は低めの110℃。そこから10分ほどかけてじわじわと130℃程度まで熱していく。淡い味わいの赤身に、ラードのコクと香りをまとわせるのだ。



心もお腹もときめく端正なカツレツ

カウンター席から、島田さんの手元は見えないが、肉を叩く音、パン粉をまぶす音、そして油が温まる音が静かに聞こえてくる。
「耳を澄ませながら、カツレツの完成を待つ時間を、ビールで待つ。大人ならではの幸せですね」
お待ちかねのカツレツが到着。つる子さんの顔が思わずゆるむ。
「ああ、やっぱりお肉がおいしい。いつか私も後輩たちを連れてここに来たいと思っています」

ぽん多本家
台東区上野3-23-3
電話:050・5492・8353(3日前より電話予約可能)
営業時間:11時〜14時(ランチ)、16時30分〜20時20分(ディナー、日曜と祝休日は16時〜)
定休日:月曜(祝休日は営業、翌日休み)、年末年始
交通:JR御徒町駅より徒歩約3分、東京メトロ銀座線上野広小路駅より徒歩約2分
憩いの喫茶、気が利く手土産
「前座修業を過ごした上野は私の原点。自転車で走り回っていました。昔ながらの喫茶店は今でも、仕事の間に少し時間ができたときに重宝します」と、『喫茶 古城』へ。

喫茶 古城
台東区東上野3-39-10光和ビル 地下1階
電話:03・3832・5675
営業時間:9時〜20時
定休日:日曜、祝休日、臨時休業日
交通:東京メトロ日比谷線上野駅より徒歩約2分、JR上野駅浅草口、広小路口より徒歩約4分、東京メトロ銀座線稲荷町駅より徒歩約5分
「上野はひとりでも楽しくおいしい町です」
続いて、踊りのお師匠さんに教わった『つる瀬』で差し入れ用の品を求める。豆大福で知られるが、つる子さんが選ぶは『むすび梅』。
「大豆と昆布の佃つくだに煮、梅干しがはいったおこわで、さっと片手で食べられるので、忙しい方々に好評なのもうれしいですね」



喫茶・御菓子司 つる瀬 湯島本店
文京区湯島3-35-8
電話:03・3833・8516
営業時間:9時30分〜19時(店頭、日曜と祝休日は〜18時)、11時〜18時(喫茶)
定休日:月曜(祝休日は営業、翌日休み)
交通:東京メトロ千代田線湯島駅より徒歩約1分、同銀座線上野広小路駅より徒歩約3分、都営地下鉄大江戸線上野御徒町駅より徒歩約3分

鈴本演芸場
台東区上野2-7-12
電話:03・3834・5906(11時30分〜)
開演時間:昼の部:12時開場(12時30分開演〜16時終演)、夜の部:16時30分開場(17時開演〜20時15分終演)定休日:臨時休館あり
入場料:3000〜3500円
交通:東京メトロ銀座線上野広小路駅A3出口より徒歩約1分、都営地下鉄大江戸線上野御徒町駅より徒歩約5分、JR上野駅不忍口より徒歩約10分
取材・文/宇野正樹 撮影/藤田修平 ヘアメイク/藤井まどか スタイリング/安藝和江

