NHK『日曜討論』ほか数々のメディアに出演し、シニア世代の生き方について持論を展開するライフ&キャリア研究家の楠木新さん。人生100年時代を楽しみ尽くすためには、「定年後」だけでなく、「75歳からの生き方」も想定しておく必要があると説きます。楠木さんが10年、500人以上の高齢者に取材を重ねて見えてきた、豊かな晩年のあり方について紹介します。
夫婦間の意思疎通は怠らない
定年までバリバリ働いていた男性がリタイア後に気をつけなくてはならないのは家族との関係かもしれません。社内では羽振りが良くても、家に入れば役員も平社員も同じです。なかには妻に頼りきりになる人もいます。
これは世代によっても異なるのでしょうが、昔気質の男性だと「今日の昼飯は何だ」「コーヒー淹れてくれ」などと、上から目線で家族に接しがちです。特に、「俺が家族を養っているのだ」という意識が強い人ほどそうなるようです。
会社の仕事中心で働くことができたのは家族のサポートがあったから。家族を養う力があるというと、お金を稼ぐことを中心に考えがちですが、実際には身の回りの衣食住をきちんと処理できることも大事なのです。
定年後は、生活に重点が移ります。今まではお金を稼ぐという意味での生活力を最大限にするために、衣食住を整えるという意味での生活力は家族に依存していたわけです。昨今の現役世代は、共働きも多く、稼ぐという意味の生活力の不均衡は小さくなっているように思います。
以前、60歳を過ぎた女性たちに、「定年後になって旦那さんとの関係はどうですか」と取材して回ったことがあります。実際の状況は千差万別というか、夫のことをボロクソに言いながらも言葉の奥に愛情が感じられる場合もあれば、それを語る顔つきを見ると本当に嫌がっていて、完全に冷め切っているケースもありました。
家族のあり方はいろいろあって然るべきなので、「定年後はこうあるべきだ」などと一括りにはできません。ただ取材をしてみて、お互いに率直に話ができる関係が成立しているかどうかが、うまく長続きする秘訣ではないかと感じました。きちんとコミュニケーションがとれていれば、表面上は、バラバラに離れているように見えても、大丈夫だという感じです。
60代後半になって離れて住んでいる夫婦もいます。夫は関西で職を持って働きながら、妻は東京の実家に住んで時々夫の家に立ち寄るとか、妻が夫とは離れて住みながら大学で教えている例などです。また地方に住む高齢の母親の介護のために、一旦は生活の中心を地方に置いて、家族の住む都会と行き来する生活をしている男性もいます。
離れて住む方が、かえって良い関係が保てると話していた友人もいます。「家族との結びつきが75歳以降に楽しく過ごすためのインフラになる」と語った団塊の世代の男性もいます。
いずれにしても夫婦仲良く過ごしている彼らの姿を見ると、きちんとコミュニケーションがとれていれば問題ないということでしょう。夫婦は死ぬまで一緒に同じ家で暮らさなければならないとまで考える必要はありません。
「聴く力」よりも「驚く力」が大事
以前、NHKの番組に出演した時のことです。テーマは「定年準備」。私は一応、定年準備の専門家という位置づけでした。
リハーサルで最初にスタジオに入った時に、出演者が示す相手の発言に対するオーバーなリアクションに驚きました。「素晴らしい!」「なるほどそうですかぁ」「カッコいい」などなどです。自宅でテレビを見ている時には気づきませんでしたが、そばにいると、「こんなに激しく反応するのか」と驚きの連続でした。
私は平静を装っていたものの、生放送だったので出演の際には相当緊張していました。MCは藤井隆さんと濱田マリさん。ゲストは私だけだったので発言の機会も多かったのです。番組の途中で自分がいつもよりスムースに話せていることを自覚しました。同時にそれを支えてくれているのが、藤井隆さんと濱田マリさんの驚きを伴った反応であることに気がついたのです。
彼らのうなずき、相槌、興味を示した質問に助けられていました。サラリーマン同士がスタジオで語り合えば、こんな円滑な会話にはならないでしょう。
私はその後、当時の大学の授業やゼミで試してみました。「へぇ〜。すごいなぁ〜」「おもろいな〜」「そんな考え方もあるのか〜」といった具合です。すると、なぜかしゃべっているこちらも元気になってきます。その後、学生から「先生は私たちを否定しないからうれしい」という言葉をもらったことがあります。こうした応答のおかげもあったのでしょう。
コミュニケーションでは話を聴くことが強調されますが、加えて驚くというリアクションを意識すれば、さらに円滑に進みます。驚くのは大げさすぎるというのであれば、「なるほど」とうなずきながら相手の話に反応してみてください。新たな人間関係を円滑に築くための近道になると実感しています。
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『75歳からの生き方ノート』(楠木新 著)
小学館
楠木新(くすのき・あらた)
1954年、神戸市生まれ。1979年、京都大学法学部卒業後、生命保険会社に入社。人事・労務関係を中心に経営企画、支社長などを経験する。在職中から取材・執筆活動に取り組み、多数の著書を出版する。2015年、定年退職。2018年から4年間、神戸松蔭女子学院大学教授を務める。現在は、楠木ライフ&キャリア研究所代表として、新たな生き方や働き方の取材を続けながら、執筆などに励む。著書に、25万部超えの『定年後』『定年後のお金』『転身力』(以上、中公新書)、『人事部は見ている。』(日経プレミアシリーズ)、『定年後の居場所』(朝日新書)、『自分が喜ぶように、働けばいい。』(東洋経済新報社)など多数。