文・写真/羽生のり子(海外書き人クラブ/フランス在住ライター)
カフェオレとクロワッサンの組み合わせは、フランス人の朝食の典型のように思われている。
朝のカフェでは、かごに盛ったクロワッサンが、客の注文がきたらすぐに出せるようカウンターに置かれている。カフェオレとクロワッサンの朝食をとって、パリに来たことを実感する旅行者も多いだろう。
けれども、カフェでこの朝食を注文している人をよく見ると、ほとんどが外国人だ。フランス人はカフェオレを飲まなくなった。朝食に飲む温かい飲み物はブラックコーヒーかお茶。子どもはココア風味の飲料だ。「えっ、でもカフェオレボウルがあるでしょ」という声が聞こえそうだが、朝食でこの器に入れるのも、もはやカフェオレではなく、コーヒー、紅茶、緑茶である。
フランス人の団体旅行に参加して、十数人と同じホテルに泊まることがある。朝、ビュッフェ形式の朝食で他の人が取るものを見ると、コーヒーが圧倒的に多い。ミルクを入れる人はほとんどいない。ミルクを飲む人もいない。農村では飲むこともあるだろうが、都市部のフランス人は生のミルクをそのまま飲む習慣がなく、学校給食でもミルクは出ない。朝食時にミルクを使うのは、シリアルにかける時か、子どものためにココア風味の飲料を作るときくらいだ。
カフェオレは体に悪い!?
フランス式朝食の代名詞とも言えるカフェオレを、なぜ飲まなくなったのか。20年ほど前に、食品会社勤務のフランス人が「カフェオレは体に悪い」と言うのを耳にしたことがあった。コーヒーの刺激をミルクが和らげるので体に負担が少ないと思っていた筆者は、初めて聞いたこの説をにわかには信じられなかった。しかしその後、この説をあちこちで聞くようになった。そして、気がついたら、周りにカフェオレを飲むフランス人はいなくなっていた。
なぜカフェオレが体に悪いのか。流布している説明は、コーヒーとミルクを一緒に飲むと、コーヒーに含まれるタンニンがミルクの中のカゼインにくっつき、ミルクだけが胃の中に入るときより大きな粒子となって消化を遅らせるというものだ。カフェオレを飲んだ後、お腹が張ったり、胃が重い感じがするのはそのせいだという。
インターネット上では、個人的な体験や信条をもとに、「カフェオレ悪者説」に対する賛否両論が行き交っている。あるブロガーが「カフェオレが体に悪いことを証明する科学的論文はない」と書いたところ、驚くほど多くのコメントが寄せられた。長年カフェオレを飲んでいるが問題ないと言う人、カフェオレをやめたら頭痛や神経痛が治ったと言う人、体に悪いのはコーヒーだと言う人、いやミルクだと言う人……。
コーヒー悪者説支持者? ミルク悪者説支持者?
コーヒー悪者説支持者にも、ミルク悪者説支持者にも一理ある。眠れなくなるので、午後2時以降はコーヒーを飲まないと言うフランス人にはよく出会う。また、消化酵素のラクターゼの欠乏により乳糖が消化できず、下痢や腹部けいれんを起こす「乳糖不耐症」の人も意外に多い。乳製品はフランス人の食生活に欠かせない。毎日乳製品を食べているうちに体に不調をきたし、大人になってから乳糖不耐症とわかった人がほとんどのようだ。「カフェオレは体に良くない」説が流布するようになったのは、乳糖不耐症の人が増えたからではないだろうか。何を飲食すれば病気になるかには個人差がある。カフェオレを毎日飲んで問題ない人は、飲み続けていっこうに構わない、とあるサイトで医師が答えていた。
スーパーには全脂乳、脱脂乳、半脱脂乳、生乳などが並んでいる。カフェオレを飲まないなら、これほど多くの種類のミルクをフランス人はどのように使っているのだろうか。国立農業水産局「フランス・アグリ・メール」によれば、コロナ禍で外出禁止令が出た2020年、ミルクの消費量は前年より5%伸びた。前年まで、消費量は減るばかりだった。2020年に伸びたのは、家でテレワークをし始めたフランス人が、料理やお菓子作りに時間を費やすようになったからだという。ミルクはベシャメルソース、ポテトのピュレ、クレームキャラメル(プリン)など、多くのフランスの家庭料理に使える。
乳糖不耐症の人向きに、乳糖を含まないミルクも出てきた。通常のミルクが飲めなくても、代用品はたくさんある。ヴィーガンの人はアーモンドミルク、ココナッツミルク、ライスミルクなどを牛のミルクの代わりに使っている。ミルクの代用品を使ったカフェオレが定着すれば、「消化に悪い」という評判は変わるかもしれない。
文:写真/羽生のり子 1991年から在仏。食・農・環境・文化のジャーナリスト。文化遺産ジャーナリスト協会、自然とエコロジーのためのジャーナリスト・作家協会、環境ジャーナリスト協会会員(いずれもフランス)。海外書き人クラブ会員(https://www.kaigaikakibito.com)。