ライターI(以下I):〈秀吉はわしが倒す〉――。前週、家康(演・松本潤)がそういってラストシーンを迎えました。今週の家康は髭をたくわえ、なかなか様になっていたように思えました。
編集者A(以下A):ようやくここまできたか、という思いで見ていた方も多かったのではないでしょうか。信長役の岡田准一さんが本能寺の変の回(第29回)の際に寄せてくれたコメントの中に、「次週からが本当のスタート」という意味の話がありましたが、ついにという思いです。
I:なんだか展開が早いように感じますが、天下の名城大坂城が描かれました。まだ建設中でしたが。ちなみに現在の大阪城は昭和8年に再建されたもので、すでに「古城」の赴きも漂いますが、太閤秀吉の大坂城が再建できるなら再建してほしかったりしますね。
A:序盤に紫禁城のような清須城が物議を醸した影響か、その後の安土城なども抑制された感じがしていたので、大坂城がどういう形で表現されるのか注目していました。
I:その大坂にいよいよ石川数正(演・松重豊)がやってきました。ずらりと並ぶ面会待ちの人々の前を通って〈石川殿を並ばせたら兄に叱られてしまいます〉と秀長(演・佐藤隆太)に言わせる。なんとも心憎い秀吉(演・ムロツヨシ)の演出でした。
A:自分はあなたを優遇しているんだよ、とわざとらしい演出をする人は実際にいます。よほど鈍感でなければ、それに気がつくくらいあけすけな感じですね。高揚し、喜ぶ人もいるでしょう。中には疑心暗鬼となり、そうした待遇に嫌悪感を抱く人がいるかもしれません。しかし、それも相手にとっては計算内。秀吉は天才的な人たらしともいわれたりしますが、実際に人間的な魅力にあふれた人は瞬時に人の心を掴みますからね。
I:第1回から側近として登場していた石川数正はまるで家康のお目付け役のような佇まいでしたが、今週からは奥方の鍋(演・木村多江)まで登場しました。今後の数正は、戦国の人間ドラマとしては、刮目すべき素材ですから、制作陣がどのように仕立てるのか注目ですね。
A:本当ですね。楽しみというよりは、いったいどういう設定にしてくるのか、ちょっと怖かったりしています(笑)。
茶器を愛でる秀吉と家康を疑う秀吉
I:その家康が秀吉の戦勝祝に用意したのが「初花」と呼ばれる肩衝(かたつき)の茶入れの大名物。室町幕府の将軍足利義政が所蔵していたものが後に信長の手に渡り、本能寺の変の5年前には嫡男信忠が信長から譲り受けています。本能寺の変後のドタバタで流出し、どういう経緯か徳川家の家臣が所持していたところ、家康に献上されたというものです。
A:肩衝というのがどういうものか説明をお願いします。
I:肩衝というのは、茶入れの中でも首の下の肩が角ばった形状のものをいいます。今回登場した「初花」と、やはり信長所有だった「新田」、信長が欲しがっていた「楢柴」と併せて天下三大肩衝ですが、この3点とも信長の死後、他者の手を経て秀吉、家康に受け継がれています。名物の茶器は一国相当ともいわれました。
A:茶器の持ち主の変遷というのは好きな人は好きですよね。3年前の『麒麟がくる』でも「平蜘蛛の茶釜」と松永弾正、織田信長のエピソードが語られました。
I:茶器の大名物を登場させるなら、本能寺の茶会のシーンなども見せて欲しかったなあと思いますね。本能寺の変ではやはり松永弾正と関わりのある名物の唐物茶入の「つくも茄子」が焼けてしまいましたが、焼け跡から発見されて秀吉の手に渡り、大坂の陣でまた焼けて、また発見されて、今は静嘉堂文庫が所蔵していますので、展覧会などで見ることができますね。初花の肩衝は現在、徳川記念財団所蔵になっています。
白うさぎ家康がタヌキに!
I:さて、家康が秀吉に見捨てられた織田信雄(演・浜野謙太)と面会します。信雄は家康に自分に味方をするよう懇請します。
A:秀吉の信雄に対する「威嚇」は様になっていましたね。本作では、織田家の権力を秀吉が簒奪したという設定のようですから、このくらいグイグイいかねばということなのでしょう。
I:でも、劇中の家康はいったん〈信長を殺す〉と決意しましたが、翻意した経緯があります。そんなことなどおくびにも出さずに〈織田と徳川は何をおいても助け合う〉といってしまうとは……。「お主もなかなかの悪よのう」と口に出しそうになりました。これじゃあ、家康「タヌキ」ですよね?(笑)。
A:なるほど。これまで信長に「白うさぎ」と称され、今週は秀吉からも「♪白うさぎ、白うさぎ」といわれた家康ですが、ここに来て、結局「タヌキ家康」に帰結しているというわけですね。
戦国ユートピア構想はまだ続いている
I:薬を煎じる家康に瀬名(演・有村架純)の思い出が蘇りました。〈私たちの目指した世はあなたに託します〉ということでした。
A:回想シーンが登場しましたね 。
I:家康と於愛(演・広瀬アリス)のやり取りの中でも〈でも、お方さまが目指した世は、なんとなくわかっているつもりでした。それをなすためでございましょう〉って。瀬名が立案した「戦国ユートピア構想」が劇中ではまだ続いているんですね。
A:ちょっとくどいかなとも思いますが、制作陣は戦国ユートピア構想が「家康の肝」であるという考えなのでしょう。
【織田信雄という人物をどう考えるのか。次ページに続きます】