取材・文/柿川鮎子
ペットを動物病院に連れていくのは、自分のこと以上に不安を感じるもの。どんな診察を受けるのか、あらかじめ知っておけば、そんなストレスを感じることなく、受診することができます。
今回はペットの東洋医学的診療、漢方について、むつあい動物病院院長・金井修一郎先生に、「東洋医学的診療を受ける時に飼い主さんが知っておくべきこと」について解説していただきました。
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ペットの東洋医学的な概念「整体観」と「弁証論治」
「東洋医学的診療」では体質、ストレス、季節、生活環境、飼い主との関連性など、動物の“個体”だけではなく“全体”をみることを重視します。
その特徴として「整体観」と「弁証論治」が挙げられます。
「整体観」とは、人や動物は自然の一部であり、周囲の環境、気候の変化の影響を受けて、体の中でも様々な臓器などが影響し合いバランスを取っているという考えです。つまり、病気や症状だけでなく、その病気につながる要因を広く考えることです。
「弁証論治」とは、「弁証」と呼ばれる個々の体質の東洋医学的な診断を行って、その「弁証」に基づいて「論治」と呼ばれる東洋医学的な漢方、鍼灸、薬膳、生活習慣の見直しなどの治療方針を立てることです。
西洋医学では、病気になったらまずその原因を探り治療します。「病気そのもの」が治療対象です。一方で東洋医学では、「病気を持つ人(動物)」が治療対象となります。東洋医学で診療する場合、動物自身の状態はもちろん、健康状態に影響を及ぼすことが多い人間との関係性にも注意を払います。
ポイントその1
バランスを整える
東洋医学では、個々の状態に着目して体における陰と陽のバランスを整えることを重視します。
陰陽太極図(図1)をご覧になったことはありますか?
これは東洋医学の基本概念をあらわす図で、黒と白は陰と陽を示します。
治療の基本はまず、何か足りないのか、逆に滞っているのか、体が冷たいのか、熱いのかを見極めます。そして、不足しているのなら補う、滞っているのなら巡らせる。冷たければ温める、熱ければ冷やす。さらにその状況を起こした原因を探っていきます。
病気や症状といった点だけではなく、今、愛犬・愛猫がどういった状態かという全体を診るのです。それには検査結果に現れる数値だけではなく、随時変化しているその個体の現状に注意を払う必要があります。
“最近よく食べてよく遊ぶ”ペットは本当に調子が良い?
実際にはこのバランスというものが良いのか悪いのか、判断がつきづらいことがあります。
例えば“最近よく食べてよく遊ぶ”から調子が良い、と思われたとします。
一般的には、ペットが「食欲があって元気がある」のは良い状態です。でも、この元気があるという状態をもう少し詳しく考えてみましょう。その子の年齢は何歳でしょうか。子犬・子猫や成犬・成猫ならば、もりもり食べて、走り回って遊ぶのは自然で、バランスの良い状態かもしれません。
でも、もともと小食であまり食べない子や老犬・老猫がいきなりもりもり食べ始めているのならば、良い状態ではないのかもしれません。また、普段は自分の好きな場所でおとなしく遊ぶ子なのに、いきなり走り回ったり、攻撃的になったりなど、不自然に活発な様子を見せるのも、バランスの良い状態とはいえません。
バランスを考える上では、トイレの状態も重要です。きちんと排泄しているのか、尿や便の形、色、匂いなどもいつも通りかを、飼い主さんが把握しておくといいでしょう。特に尿・便の匂いがキツイ、逆に無臭なのはバランスが崩れているサインと考えられます。
さらに季節や天候による体調の変化にも注意が必要です。寒くなると元気がない、むしろ暑いのが苦手なのか、乾燥している時と雨の日とではどちらで体調を崩すのかなど、周囲の状況のおけるその子の状態というものも大事な診療の手掛かりになります。
その子にとってバランスが良いかどうか
例えば何らかの持病があっても、バランスの調整を心がけることで良い状態を保つことは可能です。いわゆる「一病息災」には、常にその子のバランスを意識することが大事です。
飼い主さんの中には「子犬を飼ったけど、うちの子は他の子にくらべるとご飯に興味が無いし、全然走り回らない。病気なのかしら」と心配される方がいらっしゃいますが、その子にとってバランスが良ければ大丈夫なのだと思います。
そういった点で東洋医学はその子の本来の状態を重視するので、飼い主さんにとってはいい加減で適当だと感じられることもあるかもしれませんが、基本は「うちの子本位」です。「その子にとってバランスが良いかどうか」なのです。
ポイントその2
うちの子の状態からアプローチしていく
その子にとってバランスの良い状態をさぐっていくのが東洋医学的診療なので、西洋医学的診療とはアプローチが異なります。
例えば発熱の場合、西洋医学では感染性、腫瘍性、免疫関連など、その原因を探り解熱剤や抗生剤の使用を考えます。
東洋医学では発熱しいているその人(動物)の状態、状況をよく観察して治療を考えます。
同じ発熱でも治療が異なる
具体的に言うと、東洋医学でいう熱には“実熱”、“虚熱”という分類があります。実熱は何かが滞っている、例えば外邪といわれるような体に悪いもの(細菌、ウイルス)が入り込む感染症のような状態で熱が出る状態を指します。一方、虚熱は何かが少ない、津液(水分)が不足して火照りがあるような状態を言います。
同じ熱の治療でも前者の実熱では滞っているもの(熱)を取り除いて気を巡らす、後者の虚熱では足りないもの(水分)を補うことが主体となります。これが前回(https://serai.jp/living/1131127)でもお話しした“同病異治”と呼ばれる、表面的には同じような症状でもその人(動物)によって治療が異なってくるという東洋医学特有の考え方です。
例えば漢方の風邪薬を「赤い風邪」、「青い風邪」用などと分類することがあります。これは、同じ「風邪」(同病)でもどういう症状で、どういう熱なのかによって必要とされる薬が異なる(異治)ためです。
ポイントその3
病気になる前の状態を感じとる
東洋医学における名医は、意識不明の重病人を瞬く間に治してしまう人ではなく(もちろん、そういう方もいらっしゃいますが)、重病にならないように治療する人が名医であると考えられています。前回(https://serai.jp/living/1131127)、「上工(優秀な医者)は未病を治す」という言葉で表現しましたが、未病の状態を見極められる目が求められます。
すべての飼い主さんの願いは、愛するペットが病気にならないことでしょう。愛犬・愛猫が苦しまないように、未然に何らかの手を打ちたいと考えているはずです。
病気になってから治すのではなく、患者の体質を考慮しながら病気を未然に防ぐ「未病先防」は、ペットだけでなく飼い主さんの負担を軽くすることにもつながります。
飼い主さんの気づきが、「未病先防」に
日々の生活の中で、行動やしぐさ、声や匂い、ペットを取り巻く環境、気候の変化に伴う異常がないかなどを常に注意深く観察して頂くことが重要です。ここで大事なのが前に述べました「うちの子本位」で、ほかの子と比べるのではなく、いつものうちの子を基準にお考えください。
毎日一緒に暮らす飼い主さんの気づきが、「未病先防」の大きな役割を果たします。
東洋医学的診療を行う獣医師は、飼い主さんの気づかれた話を東洋医学的な解釈で聞く問診のほか、望診(舌診)、聞診(聴く、嗅ぐ)、切診(触診、脈診)の “四診”と言われる診察を行います。総合的に解釈してバランスの良い状態かどうかを見極めます。具体的にこの“4つの状態”をどう診るかについては、次回詳しく解説したいと思います。
ポイントその4
うちの子が罹りやすい病気を知っておく
未病先防に関わるポイントとして、犬種・猫種別に罹りやすい病気について考えておくことも役立ちます。ネットでもよく紹介されているので、検索された飼い主さんも多いと思います。関節、心臓、皮膚、眼、耳などや遺伝性疾患で、うちの子の種類が注意すべきものがあればチェックしておくといいでしょう。
飼っている動物種特有の注意すべき疾患がわかれば、未病先防の助けになります。
例えば椎間板ヘルニアや関節の疾患になりやすいミニチュア・ダックスであれば、日頃から足腰に負担がかからないよう肥満、激しい運動をしないように注意する、などです。
さらには、定期的にマッサージやストレッチを行い、必要があれば鍼灸、関節によい漢方を養生として与えるのも効果的です。
何も気にせず欲しがるだけ食事を与え、気の向くままに坂道や階段などを歩いていれば関節系の疾患に罹るリスクは上がってしまいます。飼い主さんの心がけ次第で病気を防ぐことが可能なのです。
また犬種・猫種と関係なく、その個体特有の体質・持病の様なものが実は隠れている場合もあるかもしれません。実際に症状が現れる前に一度、東洋医学的な診断を受けておくことをお薦めします。
ポイントその5
漢方について正しい知識をもつ
適切に用いれば、副作用が比較的少ないというのも漢方の魅力の一つです。前回(https://serai.jp/living/1131127)、抗がん剤治療で免疫力の低下した子に利用して効果を上げた事例について紹介したところ、興味をもたれたサライ.jp読者の方がいらっしゃいました。
人の症例では、抗がん剤治療や抗生物質投与に併用が推奨される様々な漢方薬があります。これらは薬の効果を高める、消化器障害、疼痛、免疫力低下、体温低下など副反応の軽減や予防、さらには治療に耐える体力を保つために処方されるもので、動物に応用可能なものも多いと考えられています。
東洋医学の知識も持った獣医師がオーダーメイドのようにその子の現状をよく分析して適切に漢方を使用すれば、高い効果を上げることが可能だと思います。抗がん剤治療中であってもペットのQOLを高める補助になることも期待できます。
繰り返しますが、ポイントはその子に合った処方であるかどうか。たとえば化学薬品による消化器障害には、六君子湯(りっくんしとう)という胃腸病の代表的な方剤がよいと何かに書いてあっても、必ずしも大事なうちの子に合うとは限りません。そのためご自分で人用のものをドラッグストアで購入し、自己判断で動物に与えてはいけません。
きちんと弁証論治を行って、その個体に合った処方をしなければ漢方薬の十分な効果は期待できません。
ペットの漢方では複数の効果も期待できる
ペットの漢方では、一つの治療の効果だけでなく、複数の効果が期待できるケースもあります。
事例1:元気がなく痩せて“腎”が弱っている(気虚、腎虚)老犬に、弁証論治を元に気や“腎”を補う漢方(補気剤、補腎剤)を処方したところ体調が良くなって、さらに薄かった被毛がすっかりフサフサになって驚かれたことがありました。
この“腎”というのは西洋医学の腎臓とは異なる五臓の“腎”で、生命力の強さのような意味合いがあります。五行では“水”に属し(図2)同じ系列には耳、骨、髪などが含まれます(表1)。
すなわち、加齢で“腎”が弱れば耳は遠くなり骨も弱り、髪は薄くなるといったイメージです。
今回はその逆で、“腎”の働きが改善され、まわり回って髪の状態が良くなったと考えられます。
事例2:猫の便秘に対して漢方治療したところ、便通が改善しただけではなく、実は以前からたまにしていた咳が出なくなったと、飼主さんに驚かれたことがあります。これは五臓六腑で“大腸”と“肺”が同じ“金”の系列に属することが関係している例だと思います(表1)。
“肺”と“大腸”と言われてもあまり関連性は感じられないかもしれませんが、どちらも水分代謝に関係して適度な潤いが必要とされます。“大腸”を潤わせるための治療により、実は乾燥してたまに空咳が出る状態だった“肺”の状態も良くなったものと考えられます。これらは私自身が感心した、五行の理論にかなっていると思える事例です。
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愛するペットの長生きのために
愛するペットと、いつまでも幸せに暮らしたい飼い主さんの願いをかなえるためにも、ぜひ、知っておきたいペットの東洋医学。前回紹介した、ペットに漢方薬を処方したい飼い主さんのための「東洋医学的診療」のポイント(https://serai.jp/living/1131127)」では、ペットの東洋医学に関心のある、多くの飼い主さんに興味を持っていただきました。西洋医学的なアプローチとは異なる考え方に驚いたという方も多く、また、実際に愛犬・愛猫の治療の選択肢のひとつとして漢方を処方してもらいたいというお話もうかがいました。
前回の記事掲載後、東洋医学的診療を行う動物病院に関する問い合わせを頂きましたが、金井先生が理事を務める日本ペット中医学研究会の病院リスト(https://j-pcm.com/memberlist/)も参考になさってください。
次回はもう少し踏み込んで、重要な診察である四診(望診、聞診、問診、切診)について、具体的に解説していただきます。
むつあい動物病院(https://mutsuai-ah.com/index.html)院長
獣医師、博士(獣医学)、国際中医師
金井修一郎 さん
取材・文/柿川鮎子 明治大学政経学部卒、新聞社を経てフリー。東京都動物愛護推進委員、東京都動物園ボランティア、愛玩動物飼養管理士1級。著書に『動物病院119番』(文春新書)、『犬の名医さん100人』(小学館ムック)、『極楽お不妊物語』(河出書房新社)ほか。