ハラスメントは種類も多く、その基準も曖昧です。何がハラスメントの対象となり、どの程度が許され、許されないのか……? 明確な尺度があるわけではなく、相手の気持ちにもよるので難しいものです。
ハラスメントの起こる原因の裏には、ジェネレーションギャップがあるように思います。例えば、言葉遣い一つにしても、昭和世代は目上の人や年長者には、敬語や丁寧語を使って話すのが当たり前でした。対して、平成生まれぐらいの人になると、垣根を作らないことを重視するためか、敬語や丁寧語を使用する会話はあまり重要とされなくなってきました。
そうした教育環境の異なる世代がともに働く職場では、当然、モラルのギャップが生まれ、ハラスメントが生まれやすい環境となりがちです。加害者・被害者という立場から考えると、主に年上の人が加害者となり、年下の人が被害者となります。ただ、最近でいえば、そうとも言い切れないところがあります。
そこで、本記事では、人事・労務コンサルタントとして「働く人を支援する社労士」の小田啓子が、具体的な事例を交えながら、わかりやすくご紹介いたします。何がハラスメントの対象となり、どこまでが許容範囲なのか。感覚的に身につけていただくために、この記事をお役立てください。
目次
ハラスメントの種類
モラルハラスメントの具体的な事例
モラルハラスメントの防止策
最後に
ハラスメントの種類
ハラスメントという言葉は、今や職場ですっかり定着しました。
厚生労働省の指針においては「パワーハラスメント」「セクシュアルハラスメント」「妊娠・出産・育児休業に対するハラスメント」が代表的なものとして挙げられていますが、もちろんハラスメントはこの三つだけではありません。
働き方改革や人権意識の高まりにより、アルコールハラスメント、ジェンダーハラスメント、ケアハラスメント(介護をしている人に対するハラスメント)、リモートハラスメント(リモートワークでのハラスメント)など、最新のハラスメントが次々と生まれています。
今回はその中でも、「モラルハラスメント」について取り上げてみます。
モラルハラスメントとは、道徳・倫理に反した精神的ないやがらせをすることです。具体的には、「無視する、不機嫌な態度をとる」「仲間外れにする」「相手の人格や尊厳を傷つけるような言動を行なう」「プライベートに介入する」という行為を指すもので、いわゆるパワハラもモラルハラスメントの一種と言えます。しかしながら、パワハラが仕事や職場での優位性を背景としたものであるのに対して、モラハラは同僚間や家庭、友人の間でも起こりえるという違いがあります。
モラルハラスメントの具体的な事例
では、モラルハラスメントとは実際にどのようなものなのか、家庭と職場での例を挙げて考えてみましょう。
パートナーからのモラルハラスメント
A子さんは、最近パート事務員として働き始めた主婦。A子さんは、残業を頼まれるとそわそわと落ち着きがなくなります。同僚のお茶の誘いもめったに受けることはありません。夫が帰るまでに風呂を沸かして晩酌の用意をしておくのが、A子さんの家のルールだからです。ごくたまにA子さんの帰宅が夫より遅くなると、夫はあからさまに不機嫌な態度をとります。
「家のことがおろそかになるなら、働くな」というのが夫の言い分です。A子さんが「仕事を続けたい」と訴えても「お前の仕事なんてどうせ誰でもできることだろ」と相手にしてくれません。すべてがこんな調子なので、A子さんは職場の飲み会どころか、学生時代の同窓会さえ参加したことがありません…。
メーカーの社員であるB子さんはA子さんの学生時代からの友人です。
A子さんの夫の話を聞いたB子さんは「それってモラハラじゃないの? もっと自分を主張しないと」とつい言ってしまいました。
先輩社員からのモラルハラスメント
しかし、そんなB子さんも職場では悩みを抱えています。同じ部署の先輩社員のC子さんのことです。ことあるごとに、「総合職なんだからお給料高いんでしょ? だったら私たちの倍は働いてもらわないと」などと嫌味を言ってくるのです。B子さんが仕事のことで質問しても、「いい大学を出ているのに、そんなこともわからないの?」とろくに教えてくれません。それでいて仕事には関係ない、B子さんの夫のことなどをしつこく聞いてくるのです。
C子さんは気分の波が大きく、機嫌が悪い時は話しかけても返事さえしてくれません。挨拶しても無視される、お土産のお菓子を配ってくれないなどは日常茶飯事です。他の社員も古株のC子さんに気を遣って何も言いません。
「こういう人は、どこの職場にもいるもの」と、気にしないよう努めるB子さんですが、最近は会社に行くのが憂鬱で、転職を考える毎日です。
グループからのモラルハラスメント
レストランチェーンの店長を務めるD夫さんの場合は、さらに悲惨です。
東京から地方の店舗に店長として赴任してきたのですが、その店ではパート社員のE子さんを中心としたグループができており、働くシフトも彼女が中心になって決めていました。
最初にシフトの件や厨房の管理でE子さんを注意したのが、彼女の自尊心を傷つけたのかもしれません。それ以後、D夫さんが指示をしてもE子さんのグループに無視されたり、聞こえよがしに悪口を言われるようになりました。
「はじめのコミュニケーションがまずかったか……」と思うD夫さんでしたが、このままでは仕事にも支障をきたしてしまいます。本社の上司に訴えようにも、自分の指導力不足を問われそうでなかなか相談できません。なんとかしなければと思いながらも、職場に行くと胃が痛くなる日々を送っています。
モラルハラスメントの防止策
モラルハラスメントは、職場での地位と無関係なものが多く、加害者も自覚がないため、被害にあった人が声を上げることが難しいケースが多く見られます。被害者は「もっとしっかりしなければ」と自分を責めてしまいがちです。
しかしながら、モラルハラスメントを甘く見てはいけません。被害者がうつ病を発症し、裁判で加害者が数百万円の損害賠償を命じられたケースもあります。また、会社がモラハラを放置した管理責任を問われるケースも増えています。
では、職場のモラルハラスメントを防止するには、どうしたらいいのでしょうか?
まずは、トップがハラスメントは見過ごさないという明確な方針を持つことです。研修などを実施し、職場の全員がハラスメントについて正しい知識を身に着けるようにしましょう。モラハラは表面化しにくいという事実を踏まえて、社員アンケートなどで実態を知ることも一案です。相談窓口を設置して被害者を孤立させないことも重要です。
最後に
モラルハラスメントはいわば「大人のいじめ」のです。モラハラの背景には、加害者側の職場への不満や嫉妬などが潜んでいるケースが少なくありません。そうした負の感情がささいなコミュニケーションをきっかけに表面化することがハラスメントにつながるのです。
皆さんの職場は、どうでしょうか? あなたは自分のストレスを他人にぶつけたことはありませんか? 他人の苦しみを敏感に感じとることができますか?
モラハラを防止するには、一人一人が人権に対する高い意識を持つことが大切です。「自分の心も他人の心も尊重する」姿勢が健全な人間関係を築くコツなのです。
●執筆/小田 啓子(おだ けいこ)
社会保険労務士。
大学卒業後、外食チェーン本部総務部および建設コンサルタント企業の管理部を経て、2022年に「小田社会保険労務士事務所」を開業。現在人事・労務コンサルタントとして企業のサポートをする傍ら、「年金とライフプランの相談」や「ハラスメント研修」などを実施し、「働く人を支援する社労士」として活動中。趣味は、美術鑑賞。
●構成/京都メディアライン・https://kyotomedialine.com