ライターI(以下I):『どうする家康』で田辺誠一さんが演じた穴山梅雪(信君)は、生母が武田信玄の姉ですから、信玄とは従兄弟という関係です。しかも自身の正室が信玄の娘ですから、武田家と穴山家は強い絆で結ばれていたということになります。
編集者A(以下A):その穴山梅雪がなぜ武田勝頼(演・眞栄田郷敦)を裏切ったのかということですが、勝頼が自分たちではなく、佞臣ともいわれた家臣を優遇したなどという説もあります。
I:人事というのが難しいというのは昔からなんですね。「なぜ、あいつが殿に優遇されるのか?」というのが離反につながることは、現代でもあるのではないでしょうか。
A:小説的な感じでいえば、自分たちとは違う家臣を優遇する勝頼から離反して、織田・徳川軍に武田家を滅ぼしてもらう。そして武田家の跡目を狙う――ということではなかったかと想像したりしてしまいます。信玄の息子はほかにもいましたが、梅雪も武田家の跡目になってもおかしくない感じはしますよね。
I:信玄の息子といえば、六男とも七男ともいわれる武田信清の存在が忘れられません。
A:武田家滅亡後に姉の嫁ぎ先である上杉家に匿われ、そのまま上杉家に仕官したんですよね。米沢に行くたびに林泉寺にある墓所にお参りしています。上杉家家臣として維新を経て、現在もご子孫がいらっしゃるそうです。
I:さて、穴山梅雪の話に戻ります。劇中で演じた田辺誠一さんからコメントが寄せられました。まず自ら演じた穴山の人物像について語ってくれました。
穴山は歴史上「裏切り者」とも言われていますが、現実には人間は記号のようにひと言では表せないと思っています。一方から見れば正義でも反対から見ればそうではなく、どちらにも曲げられない正義があると思いますので、穴山なりの正義、熱を表現したいと思いました。そういった意味ではたとえ「裏切り者」と思われても、守りたい正義があったのではないかと思います。そしてこの役を演じさせてもらう以上、そこに誤解がある場合、少しでも晴らしたいと思って演じました。あえて言うならば「裏切りではなく、領民の命を守るために主君とは別の道を歩む決意をした男」ですね。
A:この部分、凄く印象的なコメントだと思うのです。私は穴山梅雪は武田家の跡目をとってもおかしくない血筋にいた人物だと言いました。もしかしたら梅雪自身にそうした野望があったかもしれない。ところが、梅雪を演じた田辺さんは「領民の命を守るために主君とは別の道を歩む決意をした男」という。
I:真逆の評価ですね。歴史とは本当に立ち位置の違いで見える景色が違ってきます。田辺誠一さんのお話は続きます。武田家への思いについて語ってくれています。
穴山は信玄公、そして勝頼を心から尊敬していたと思います。ですので、勝頼に対する「裏切り」ではなく「別の道を選んだ」と解釈しています。現況を冷静に判断して負けを受け入れ、武田家と領民の活路を守りたい穴山。劇中では勝頼はそんな穴山の気持ちを理解してくれていて、穴山も最後まで諦めたくない勝頼の気持ちを理解していました。勝頼は本来は武田家を順当に継ぐ立場にはありませんでしたが、甲斐の外の諏訪から来て家督を継ぎ、その重圧の中で存在を証明するために戦い続けるしかなかったのだと思います。ですので「勝頼とは別の道を選んだ」シーン(第 26 回)の「諏訪大社のご加護を」というセリフは、嫌味ではなく、本心で言いました。
A:なんだか、穴山梅雪に対する「愛」を感じますね。梅雪をリスペクトしているといってもいいかもしれません。そして、田辺さんは印象に残るシーンについて語ってくれたのですが、梅雪に対する「愛」を象徴する話になりました。
第 26 回、勝頼と袂を分かち家康側についた直後、勝頼の訃報を聞きます。本編では短くなっていましたが、そこで家康と共に仏像に手を合わせるシーンが印象に残っています。そういった演技プランではなかったのですが、自然と体が震え、涙が止まりませんでした。穴山自身が選んだ道なので後悔してはいけませんが、信玄公の遺志、勝頼への思い、勝頼の無念、さまざまなことが頭をよぎり気持ちが揺さぶられ感情が溢れました。本来は従順を誓った家康の前でそのような感情を出すわけにはいかないのですが、そんな穴山の人間としての感情を、家康も受け入れてくれていると感じました。
I:いい話ですね。ここまで梅雪のことを思って演じていたのですね。ちょっと感動しちゃいました。もう一度穴山梅雪のシーン、チェックしたくなりますね。
A:本編では短くなってしまったという、家康とともに手を合わせるシーン、蔵出し必至です。全部みせてほしいですね。
●編集者A:月刊『サライ』元編集者(現・書籍編集)。歴史作家・安部龍太郎氏の『日本はこうしてつくられた3 徳川家康 戦国争乱と王道政治』などを担当。『信長全史』を編集した際に、採算を無視して信長、秀吉、家康を中心に戦国関連の史跡をまとめて取材した。
●ライターI:三河生まれの文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。『サライ』2023年2月号 徳川家康特集の取材・執筆も担当。好きな戦国史跡は「一乗谷朝倉氏遺跡」。猫が好き。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり