ライターI(以下I):大河ドラマ『どうする家康』第28回で本能寺の変が描かれます。織田信長家臣団の出世頭・明智光秀が主君である織田信長を京都本能寺に攻め込んで討ち取ったという歴史的大事件です。
編集者A(以下A):本能寺の変は、大河ドラマでは過去に16回、直近では2020年に明知光秀を主人公とする『麒麟がくる』で取り上げられています。赤穂浪士の討ち入りのような展開になった『太閤記』(1965年)、信長正室濃姫が長刀を手に奮戦し、信長とともに憤死した『徳川家康』(1983年)、織田家に仕える祈とう師(架空人物)加納随天とともに最期を遂げた『信長 KING OF ZIPANGU』(1992年)、渡哲也演じる信長が紅蓮の炎の中、自ら首を搔っ切った『秀吉』(1996年)、信長が鉄砲を手に奮戦した『功名が辻』(2006年)等々、幾度も描かれました。どの作品をとっても同じ場面はありません。
I:各作品共通しているのは、本能寺で織田信長が斃(たお)れたということです。徳川家康を主人公とする『どうする家康』では、岡田准一さん演じる信長に対して、家康(演・松本潤)が〈信長を殺す〉ことを決意するという展開になっています。いったいどんな本能寺が描かれるのか、家康と光秀(演・酒向芳)は連携するのかどうかなど、興味は尽きません。そうした緊張状態の中で、明智光秀を演じる酒向芳(さこう・よし)さんの取材会が行なわれました。酒向さんは「生粋の演劇人」として知られる手練れの俳優で、光秀とほぼ同年齢の64歳です(光秀の年齢は諸説あり)。まずは第27回の安土城での饗応シーンについて語ってくれたところからスタートしましょう。
(饗応のシーンは)とても緊張感のあるシーンだったと思います。その中で明智は人前で恥をかくわけです。自分が人前で恥をかいたらどうなのか……例えば、キャスティングされて、撮影現場に行って、監督の意に沿うような演技ができなかった俳優が、監督に「ダメだね。降りたら」って言われたら、共演者やスタッフさんの前で大恥をかくと思うんですね。でもそれは、裏を返せば、自分にはできなかったということ。できなかった自分を恨むよりも、恥ずかしいという気持ちが上回れば、そこにいられなくなるし、さらには裏切ってやるという思いに至ることもあるかもわかりません。明智の心がどう動いたかというのは、視聴者の皆さんが見て判断してくださると思います。あれが私にできる精一杯です。
I:「恥」の概念が現在とは異なる戦国時代のことです。具体的な事例を出していただき、信長による折檻のシーンがより重みを増して感じられます。酒向さんは、続いて、饗応の後で家康と対峙するシーンについてこのように話してくれました。
恥をかかせやがって、っていう気持ちでしょうかね。お前があの時に、変な臭いがすると言わなければ、って。お前が変なことを言ったせいで、俺は屈辱的な目にあったんだ、って。ハメてやろうとは思わなかったかもしれないけど、恨んだでしょうし、バカにするように相手を見下すという態度に繋がったのでしょうね。
I:信長役の岡田准一さんは格闘技の師範格で、殺陣などにも通じた俳優さんですが、その岡田さんに光秀が殴られるシーンもありましたね。酒向さんは興味深いお話をしてくれました。信長から折檻されるシーンのことです。
あの時は扇子だったんですが、扇子がくるより前に私が反応してしまったんですね。これはもう、どうしても、くると思うと反応してしまう。でも実際は、扇子はまだ自分には到達していない。それを岡田さんはよくわかっているから、「早いです」って言うんですよね。「ここまで扇子が来てからでいいです」って岡田さんは言うんだけど、自分としては来てからじゃ遅いんじゃないかって思ってしまって。でもやっぱり岡田さんが言う通り、カメラがとらえた時に、自分のやり方では当たっていないのがわかってしまうんですよ。カメラアングルを考えて岡田さんはそう言ってくれたんですね。岡田さんのアドバイスがなければ、ドラマを見た人は、殴られてないじゃんというのが気になって、そのシーンの緊張感がなくなってしまったでしょう。
A:あのシーンにこんな裏話があったとは! これはもう一度見直して確認してみたい話です。
I:酒向さんは、さらに撮影の裏話を披露してくれました。光秀と同じ美濃(岐阜県)出身の酒向さんならではのエピソードです。
光秀は私の故郷の人ですから、岐阜の方言が思わず出る、というのはどうかなと、ふと思ったことがありました。監督にそれを話したら、「それはいいですね」と言ってくれたのは、おもしろかったです。例えば、「たわけ」というのは名古屋でもよく言うんですが、うちの方は「くそ」がつくんですね。「くそだわけ」って(笑)。愚弄する時の言葉ですが、東濃の人とか明智あたりの人が聞けばすぐにわかると思います。やっぱり「くそだわけ」ですね(笑)。
A:普段はかっこつけている光秀から方言が出るというのは、臨場感があります。そのシーンは見逃せない場面ですね 。そして最後に本能寺の変が展開される第28回の見どころを問われた酒向さんの答えです。
視聴者の方は、「これ見たことある」という今までの本能寺の変と同じものは期待していないと思うんですよ。だから、『どうする家康』の本能寺の変は、どうやるんだろうと思って見てもらうのがいいんじゃないですかね。信長にしても、家康にしても、秀吉にしても、どうなるか見ていただければ。ちょっと違う本能寺になるんじゃないかと思います。
A:いぶし銀のような酒向さんの語り口に接すると、本作の本能寺の変に俄然興味がわいてきますね。手練れの俳優酒向芳さん、格闘シーンにひときわこだわる岡田准一さん。一見、水と油のような俳優がどのような物語を紡ぎ出すのか。何気ない表情のひとつひとつまで見逃せない回になりそうです。
I:今からドキドキしてきますね。
●編集者A:月刊『サライ』元編集者(現・書籍編集)。歴史作家・安部龍太郎氏の『日本はこうしてつくられた3 徳川家康 戦国争乱と王道政治』などを担当。『信長全史』を編集した際に、採算を無視して信長、秀吉、家康を中心に戦国関連の史跡をまとめて取材した。
●ライターI:三河生まれの文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。『サライ』2023年2月号 徳川家康特集の取材・執筆も担当。好きな戦国史跡は「一乗谷朝倉氏遺跡」。猫が好き。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり